雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

墓場まで持っていく秘密。

私が知って悲しむのなら、墓場まで黙っていてほしい。 君は小さく笑う。 そんなことを言いながら、本当は全部知りたいんでしょ? なんて返そうものなら、すべてが台無し。 言えば、きっと君は怒るから。 それに。 きっと君は本当に知りたくないんだ。 私に隠…

やさしさの方向音痴。

あなたは人を傷つけたくないと言う。 やさしいね。 あなたは人を泣かせたくないと言う。 やさしいね。 あなたは人を傷つけるくらいなら自分を傷つける。 あなたは人を泣かせるくらいなら自分が泣く。 そんなのちっとも、やさしくなんかない。 あなたは何もわ…

夏の最後。最後の夏。

もう夏も終わりだから、花火でもやろうか。 君はそう言った。 コンビニへと寄って花火を買う。 けっこう残っている。 もう夏も終わりだ。 そう言いながらも、コンビニは涼しくていいね、なんて言って笑う。 君はスマホばかりいじっていて、何も答えてくれな…

閉まったものは開ければいい。

シャッター全部閉まってるね。もう閉店の時間なのかな? 斜めに注ぐ陽射しを時折浴びながら、アーケードの下を歩くサユリは冗談っぽく言う。 そんな訳ないだろ。 カズキは少しムッとして答える。 そんなに怒んないでよ。 怒ってねえよ。 明らかに怒ったカズ…

未来は思っているよりもすぐそこにある。

ヨウコとケンジは缶ビールを片手にソファに沈み込んでいる。 テレビでは密着番組が流れている。 ふたりにはまったく関係のないジャンルの人物。 それでもふたりは、じっ、と画面を見つめる。 こういうの観ていると、自分もがんばろう、って思えるよね。 コマ…

何を言われるかより誰に言われるか。

ゴンゾウという男がいた。 この男、どこまでも己の欲望に素直。 自由奔放というか。 自己中心的というか。 自堕落というか。 好きなものを好きなだけ食べ。 好きなときに好きなだけ寝て。 人との約束や予定はいつだってその時の気分次第。 嫌なものは嫌。 好…

時期外れの春は誰にでもある。

思春期っていつなんだろ? チエが目を細めて言う。 さあ?人それぞれじゃない? 隣を歩くサトルも目を細める。 尖った陽射しがふたりを突き刺す。 あちこちからセミの鳴き声が聞こえるが、あちこちすぎてどこにいるのかわからない。 思春期だったらこの暑さ…

大きなことは小さなことの集合体。

コンビニ行ってくる。 リョウスケは静かにドアを閉めた。 ルミは何も答えず、床に寝そべった。 だるくて夕食作る気が起きない。 リョウスケがコンビニに行く前にルミはそう言った。 じゃあ何か食べに行く? リョウスケはルミに言う。 動きたくない。 わかっ…

癒えた傷でも痕は残る。

なくしたときは何も思わなくて。 なくした後になくなったのだと実感する。 それを後悔と呼ぶのなら。 なくさないようにするために。 なくした時のことを考えて。 なくさないために何ができるのか考える。 それを想像と呼ぶのなら。 目の前のことが目の前じゃ…

熱を帯びた夜。

熱を帯びた夜。 からだじゅうが熱い。 からだの外も中も。 アイスコーヒーを飲んで水分補給。 今夜だけはブラック。 眠れない夜はこれから。 眠らない夜はこれから。 冷房つけても熱はひかない。 からだをいろいろ動かしているから。 こんなに熱を帯びている…

火花は消えても記憶は残る。

今日は花火大会。 毎年欠かさずあなたと見に行った。 このあたりでは有名な花火大会。 大きな打ち上げ花火がいくつも上がる。 いつだってたくさんの人がやってくる。 人混みが苦手なあなただけど、この花火大会だけは必ず一緒に行ってくれた。 小さいころか…

過程も査定に入れてほしい。

どれだけ力を入れても開かない。 君が持ってきた瓶。 君が持ってきた瓶のふたが開かない。 これ開けてもらっていい?硬くて…。 君がそう言ったら、男としての魅せどころ。 しょうがないな感を出して、瓶を受け取る。 そこまではよかったけれど。 ある程度の…

町と君が眠るあいだ。

遠くから電車の音が聞こえる。 線路沿いにある安いワンルームに寝っ転がっていると、からだに響く。 終電じゃなく始発。 隣では君が寝息をたてている。 電車が走る音に合わせるように、妙にシンクロしている。 君はここにいるべき人じゃないよ。 無責任に言…

画面の向こうは別世界。

嫌なニュースばかりだな。 ヒロキはテレビを眺めながら言う。 そうだね。見ているだけで痛々しい。 ミサはヒロキの隣で頷く。 考えられないよな!まわりは気づかないのかな。 ヒロキは次第にヒートアップする。 ……どうだろう。 ミサはなにかを飲み込むように…

人類最古の病にかかる。

からだの至るところで異変が起こっている。 なにか重大な病なのかもしれない。 怖い。 だから、いろんな病院を回ってみる。 まずは内科。 時々、胸のあたりがチクッとする。 最近はその頻度が高まっている。 特に異常は見当たりません。 医者はそう言う。 お…

誰をも騙せる嘘はない。

演じるなんて嘘つきのやることだ。 あなたは言う。 誰だって演じている部分はあると思うけど。 私の言葉にあなたが頷くことはない。 そんなことないよ。 橙に染まった町の片隅をあなたは歩く。 伸びた影はあなた自身よりも長くなっている。 演じることが悪い…

百見は一触にしかず。

今までは見ているだけだったから。 肩に触れる。 手に触れる。 あなたがどんどん近づいてくる。 あなたにどんどん近づいていく。 触れるたびに近づいていく。 物理的にも精神的にも。 まつ毛に触れる。 思っていたよりも長いのね。 鼻に触れる。 思っていた…

とんがり君とへこんだちゃん。

へこみにへこんで、原型がわからなくなるくらいへこんでいる。 あなたはそれに気づいているのか、いないのか。 いつもどおり接してくる。 いつだってあなたはそうだけど。 ポジティブな言葉ばかり並べて、お気楽な言葉ばかり並べて。 あなたはとんがって見え…

理想論の論破を恐れる。

駐車場を探す。 いいところがないかな、とグルグル回る。 いいところを見つけた、と思ったら満車。 こんないいところ、なかなか空くわけもなく、またグルグル回る。 君の部屋から少しずつ離れていく。 仕方がない。 君が住むマンションに駐車場はない。 だっ…

はたかれた方が痛いに決まっている。

パンパン。 頬をはたく。 パンパン。 頬をはたかれる。 パンパン。 往復ではたかれる。 パンパン。 暴力ではない。 体罰でもない。 早く起きて。 サユリが言う。 ショウタの頬をはたきながら。 パンパン。 早く目を覚まして。 少しずつ確実に、頬をはたく力…

思い出は過去ばかりではない。

ただいま。 両手に袋を持ったレイコがドアを開ける。 袋をテーブルに置くと、袋から写真と額縁を取り出した。 また買ったの? ヒラナリは読みかけの雑誌を閉じる。 うん。 鼻歌まじりにレイコは写真を額縁に入れていく。 今度はいつの? ヒラナリはレイコへ…

確認徹底、凡事徹底。

忘れものがないように。 大切なものや重要なことはしっかりと指さし確認。 小さなころからそう教わってきた。 ハンカチは? ティッシュは? 忘れものがないか、出かける前にいつも指さし確認。 大きくなってもその癖は抜けない。 火の元は? ガスは? 鍵はち…

ほんの僅かな再会。

横断歩道で信号待ち。 向こう側にいる人だかりの中、なにやら引っかかる人物が。 信号が青に変わる。 先頭にいた私は止まったまま。 私のうしろで信号を待っていた人たちは、あからさまに邪魔だと私を見る。 そりゃそうだ、と思いながら私は立ち止まったまま…

夜がさみしいのに深い理由はない。

夜はさみしいから、今夜私の部屋に来てよ。 君は僕にそんなことを言う。 深い意味はないよ。 君は続けて言う。 そうだよね。 僕は笑いながら言う。 滅多に感情を露わにしない君がそんなことを言うなんて、よっぽどのことがあったのだろう。 夜はさみしい。 …

恋愛と結婚はやっぱり別物なのかもしれない。

危ないからこっち来て。 目の前を歩く親子。 父親が小さな子供に向かって言う。 子供の足取りはどこまでも不安定。 父親は左肩を下げて、左手を差し出す。 子供はそれを、右手でしっかりと掴んだ。 ふたり手をつないで、ゆっくりと歩いていく。 父親はいつだ…

私の言葉だけが特別扱い。

そんなのキレイごとだ。 あなたはそう言う。 どうしてキレイなものが許せないの。 花だって月だってあなたは、キレイだ、と言うのに。 キレイな人が好きだと、恥ずかしげもなく言うのに。 あなたの部屋は整理整頓されていて。 髪型も洋服も清潔感があるのに…

指と指の間がいちばん痒い。

虫よけスプレーをかける。 あなたはすぐに虫に刺されるから。 からだのすみずみまで。 目を閉じて。 顔にもしっかりかける。 あなたにはすぐに虫が寄ってくるから。 何が原因なのかは、わからない。 わかっているのは、何かしらの原因があなたにあるというこ…

探しているのは必然か奇跡か。

マナミは町を歩くたび、探してしまう。 黒くて大きな車を。 町にはいくらでもいる。 でも、どれも違う。 町にはいくらでもいるから。 そのたび、目で追ってしまう。 マナミは信号待ちのたび、探してしまう。 目の前をいくつも通り過ぎる、黒くて大きな車を。…

大きくても小さくても花火の原理は変わらない。

もうすぐ花火大会。 あちこちでそんな声が聞こえてくる。 無視するわけにもいかない。 「もうすぐ花火大会だね」 キコはソファに座ってスマホをいじるハルマに言う。 「ああ、そうなんだ」 ハルマは指を止めることなく答える。 キコはわかっている。 ハルマ…

仇以外で恩を返す。

恩返しをしたいのだけど。 私はなにも持っていない。 あなたに差し出せるものは、なにもない。 素敵なアクセサリーも高価な洋服も。 美味しいお酒は知らないし、誰も知らないようなお店も知らない。 恩返しをしたいのだけど。 お金はないし、特別なスキルも…