雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

ほんの僅かな再会。

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横断歩道で信号待ち。

 

向こう側にいる人だかりの中、なにやら引っかかる人物が。

 

信号が青に変わる。

 

先頭にいた私は止まったまま。

私のうしろで信号を待っていた人たちは、あからさまに邪魔だと私を見る。

 

そりゃそうだ、と思いながら私は立ち止まったまま、なにかが引っかかる人物がこっちに来るのを待つ。

 

「ああ、やっぱり」

 

「ああ、久しぶり」

 

どのくらいぶりに会うのだろう。

すっかり錆びついていたはずの記憶が、急に音を立てて動きはじめる。

 

最後に会ってからどれほど時間が経っていても。

目の前にいる君くらいまでは、一気に距離が縮まってくる。

 

「久しぶり」

私はそう言って右手を差し出す。

 

自分でも驚く行為だった。

自分でもいやらしく思う。

 

最後に会ってからこんなに時間を経ているのに。

まだ挨拶しかしていないのに。

 

さらに距離を縮めようとするなんて。

 

「元気だった?」

君は私の思いなど知らぬまま、私が差し出した右手を握ってくれた。

 

君はあのころと随分変わった。

 

「変わらないね」

久しぶりに握った君の手を見ながら、私は言う。

 

「そんなことないよ」

 

君が今どこでなにをしているのか、誰といるのか。

なんてことは聞けない。

 

君は左手に袋を持っていて、私がそれに目をやったことに気がついた。

 

「今日、七夕だから。短冊買ったの」

君は恥ずかしそうに笑う。

 

私はなにも言えずに、ただ頷く。

 

「じゃあ、元気で」

君は軽く手を上げて、笑ったまま去って行く。

 

うしろ姿はあのころのまま。

 

一年に一度も会えないのに。

もう二度と会うことはないかもしれないのに。

 

私はただ君のうしろ姿を見つめる。

 

君の左手の薬指には、キレイな指輪が光っていた。

 

君は短冊にどんな願い事を書くのか。

はたまた、君じゃない誰かが書くのか。

 

そんなことを思いながら、君が見えなくなっても君がいたほうを見つめた。

 

錆びついた記憶が動いたまま。