カーキ色のブルゾン。 君が着ているのは随分と色が薄いね、僕のと比べて。 形は似ているけれど、細かいところは全然違う。 どうしてこんなにも違うのだろう。 君はよく似合っている。 名前も知らない君は、薄いカーキ色のブルゾンがよく似合っている。 どう…
このあいだ食べたのより美味しいね。 本当? うん、何か変えたの? ちょっとね。 君はうれしそうに笑った。 僕はドキドキしている。自分から言っておきながら、何が違うのか訊かれたら困るから。 違いがわかる男のふりして、食通ぶって。 細かいことは何も気…
普段はひとりじゃ飲まないのに。 今夜はひとりお酒を飲む。 なにがあったわけではなく、なんとなく。 具体的な理由があるわけじゃない。 あなたが好きだったお酒。 あなたと付き合っていたとき、一口だけもらって不味くて、それ以来。 どこがどう美味しくて…
あなたは傘泥棒。 自分が濡れたくないからって人の傘を盗る。 ひどい人。 鍵かけないから、って。 ひどい人。 盗られた方が悪いなんて、いつからそうなったの。 鍵つきの傘立てなんて、そうそうあるものじゃないし。 ついさっきから降り出した雨。 出かけよ…
レモンスカッシュ、あったよ。 あなたが好きなことを知っていたから言っただけなのに。 ひとり分しか頼んでいないからダメだよ。 あなたは私が差し出したドリンクバー専用のグラスを受け取らなかった。 一杯だけならバレないよ。 小さな声で言う。 ダメ。 私…
なんだかぬるい。 そこの自動販売機で買ったばかりの缶コーヒーがぬるい。 ここは人通りが多いからね。 君は言う。 これじゃあ「あったか~い」じゃなくて「ぬる~い」だよ。 僕はプルタブを引いて飲む。 ぬるいコーヒーは不味い。 熱くも冷たくもないコーヒ…
ふすまがピシャリと閉まった。 少しばかり音や明かりが漏れるように布団に入ったのに。 狭い我が家では、リビングと寝室はふすま一枚隔てただけ。 もちろん僕の部屋も君の部屋もない。 いつからこうなったのだろう。 いつから君は「子供が欲しい」と言わなく…
今日はなんだか夕食を作る気が起こらない。 君がそう言うから。 いいよ。俺もあんまり食欲ないから。 少しだけ嘘をついた。 腹は減ってる。 でも料理作るのは大変だから。 俺が作ればいいんだけど、残念ながらそのスキルはない。 マックでも行かない? 君は…
バイキングはあまり好きじゃない。 少食だからいつも元は取れない。 食にこだわりがないから取るものは偏る。 センスがないからプレートに乗せたらちっとも美味しそうに見えない。 様々な理由により、あまり好きじゃない。 近くに新しいお店ができたから、と…
ポケットに穴があいていた。 お気に入りのパンツだったのに。 お気に入りすぎて履きすぎたのかもしれない。 いつだって、そう。 何かに偏りが出すぎて負荷がかかって、穴があく。 いつだって、そう。 自分じゃ気づけない。 君が、破れているよ、って教えてく…
スーパーに買い物へ行ったら、偶然知人と出会った。 久しぶり、元気? お互いに挨拶する。 風の噂でこの町に知人が戻ってきていると聞いていた。 確認の連絡はしなかったし、連絡もこなかった。 私と知人はそのくらいの関係。 そんなことは口に出せるわけも…
ちょうどいいのがちょうどいい。 ちょうどいいは人それぞれ。 好みも人それぞれ。 濃いのが好きだったり。 薄いのが好きだったり。 だから、人のことはどうでもいいから。 私のちょうどいいが欲しい。 私が見込んだあなた。 きっと私のちょうどいいをくれる…
冬なのによくそんなの食べられるね。 アイスを食べる俺に君は言う。 風呂上りだし、暖房効いてるし。なんなら冷房効かせた夏よりあったかいよ。 俺はアイスを食べながら言う。 そうかもしれないけど。アイス食べるほど暑くはないでしょ?見てるだけでこっち…
一日経てば正月にも慣れてくる。 厳密に言えば。 初日からそうなんだけど。 なにもやることがない。 いつもの休日よりもからだがだるくてゴロゴロして。 部屋の埃が舞うだけ。 なのに。 腹は減る。 哀しいかな。 なにもしていないのに腹は減る。 なにを食べ…
牛乳は苦手。 小さいころの方が飲めていたくらい。 飲めないわけではないけれど。 飲む機会はほとんどなくなってしまった。 冷蔵庫に牛乳パックは見当たらない。 玄関先に牛乳瓶があるはずもない。 眠れない夜に、あったかい牛乳を。 なんだか惹かれない。 …
コーヒーを飲んだら眠気が覚める。 そんなことはない。 少なくとも、私は。 カフェインがどうのこうのとか。 からだにどのような影響を与えるのかとか。 詳しいことはわからないけれど。 コーヒー飲んで眠気が覚めたことは、ない。 個人的な意見だと言われよ…
あなたは褒めてくれた。 私の落書きを。 いつまでたっても上達しない、私の落書きを。 私のことなのに。 私のことじゃないように思える。 それでも嬉しいの。 髪を服を指をつま先を。 褒めてくれたら嬉しい。 私のことのようで、私のことじゃなくても。 思い…
かじかむ手。 右手と左手をこすり合わせる。 乾燥肌な私の手。 かさかさを重ね合わせても、かさかさしか生まれない。 重ね合わせた手のひらに、吐息を吹きかける。 からだの中にある温かいものを吐き出すように。 声を出しながら、吹きかける。 少しだけ温か…
めっきり寒くなった。 特に朝。 ほんの少し前までぬるかった顔を洗うための水道水が、やたらと冷たくて痛い。 服を着替える。 一枚余計に羽織る。 寒いのは嫌だけど汗はかきたくないから、いつでも脱げるものをチョイス。 なんだか卑怯ね。 違うよ。 賢くな…
大きな傘はいいね。 ふたりして入れるし、ひとりなら絶対濡れないし。 小さな傘もいいね。 持ち運びに便利でしょ。 ひとりだけなら傘として役割をちゃんと果たしているし。 中くらいの傘が言う。 ふたりはいいね。特長があって。 私なんかすべて中途半端。 …
フウカは窓を開ける。 心地良い風が入ってくる。 カーテンがふわりと膨らんで、フウカの視界を遮った。 淀んだ部屋の空気が生まれ変わる。 新鮮な風に乗って。 心地良い風ばかりではないけれど。 からだを包み込む生温い風も。 からだを突き刺す冷たい風も。…
ああ、焼肉食べたいな。 ミサは言う。 食べたいな。 ジュンも言う。 にんにくたっぷり入れて。 ミサは笑う。 いいね。 ジュンも笑う。 明日は休みだし。 いいね。 信じられないほど、入れたい。 肉の味がしなくなるほど? そう。めちゃくちゃ臭くなるほど。 …
なんだかいろんなものが見えづらくなって。 なんだかいろんなものにピントが合わなくて。 日常生活に支障をきたすので、眼鏡屋さんへと向かった。 視力検査をしてもらうと、相当視力が落ちていた。 そりゃ、見えづらくもなるよ。 日に日に、見えづらくなって…
味つけが濃すぎるとからだに悪いわよ。 君は眉間にしわを寄せる。 こっちのほうがおいしいから。 ぼくがそう言うと、君はすぐに目を逸らす。 いくつも調味料を並べているわけではない。 そんなときもあるけれど、基本的には調味料ひとつ。 それでもかけ過ぎ…
見て。新商品だって。 ミオはファミレスのまわりで揺れる、のぼりを指差す。 本当だ。季節ものだな。 レイジはのぼりの文字を口に出さずに読む。 おいしそう。 野菜好きのミオは、のぼりに描かれた写真を見つめる。 そう? 野菜嫌いのレイジは、のぼりからす…
疲れた。 今日は疲れた。 特別忙しかったわけではないのに。 今日はやたらと疲れた。 帰ってお風呂入って眠るのがギリギリ。 夕食を作る気力も体力もない。 そんな日は。 行きつけのお店で食事をすませる。 行きつけのお店は家のすぐそこ。 歩いていけるから…
潤いをください。 人差し指に息を吹きかける。 「う」の形ではなく「あ」の形で。 ふー、ではなく、はー、と。 乾かすのではなく、潤いを与えるように。 だって乾燥しすぎて反応しないから。 注文用のタッチパネル。 反応しないから。 生ビールを頼めない。 …
大人になるということ。 年齢じゃなく、他のこと。 大人になるということ。 誰かのためじゃなく、自分のために。 自分に嘘ついてまで、大人になりたいなんて思わない。 それでも、いつか勝手に大人になるもんだと思っていた。 年齢だけでいけば、そうなんだ…
コツコツコツ。 あなたはヒールの高い靴を履いて歩いている。 しかもピンヒール。 見ているこっちがドキドキしちゃう。 足をひねらないか。 こけないか。 捻挫しないか。 君はふらつくことなく、真っ直ぐ歩く。 コツコツコツ。 君の足音が響く。 一定のリズ…
この世にあなただけのものなんてない。 買ったものでも。 貰ったものでも。 注文したものでも。 座った席でも。 住んでいるところも、食べているものも、着ているものも。 あなたのものかもしれないけれど、あなただけのものではない。 思ったことも、感じる…