雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

運命の人、理想、現実。

家でソファに沈み込んで映画を観ながらお菓子を食べる。 画面の向こうも窓の向こうも賑やかなのに、この部屋はどこまでも静かで穏やか。 なにもない時間だけど、かけがえのない時間がただ流れている。 それでも人は欲張りだから。 こんな時間をひとりで過ご…

二人きり、初対面、この先。

そこで何やってるの? 向かいに立つ女性に声をかける。 普段ならこんなこと絶対にしないのに。 こんな時だからか。 不思議なものだ。 そっちこそ。 彼女は言う。 初対面なのに、お互いタメ口。 きっと、二人ともここにいる理由は同じ。 妙な連帯感がそうさせ…

ハウリングしたら台無しだから。

マイクテスト。 マイクテスト。 チェックワンツー。 チェックワンツー。 本日は晴天なり。 イッツファイントゥデイ。 へーへー。 へーツッ。 ハー。 ヘーイ。 ホーオ。 チェックワンツー。 ツェー。 ツェー。 ハー、ハッ。 テス、テス。 ヘイ、ヘイ、ヘイ。 …

夢の中にいる人は誰しも美しい。

穴を掘っている人がいる。 毎日、毎日、穴を掘っている。 なにか埋めるんですか? 気になって我慢できなくなり、その人に訊いた。 いいえ。なにも埋めませんよ。 その人は言った。 相当な量のゴミを埋めるのか、それとも人を埋めるのか。 怪しげな行動をする…

マイクの感度を無視して近くに寄ってしまう。

いらっしゃいませ。ご注文をマイクの方に向かってお願いします。 えっーと…、ちょっともたれ気味なので、やさしいのをお願いします。 かしこまりました。 セットに致しますか?それとも単品に致しますか? どっちでも構いません。今の時代、気になりませんか…

笑って許せるだけの心が欲しい。

はい、サトウです。 あっ、もしもし。スズキです。 ……もしもし? もしもし。 ……もしもし。 もしもし?聞こえますか? サトウです。 スズキです。これ聞こえてますか? はい、サトウです。 あっ良かった。明日の件なんですけど…。 ……もしもし? もしもし? サ…

肩身が狭くなりすぎて見えなくなる。

「こちらをご覧下さい」 ガイドが手を差し出した先には、透明の大きな箱があった。 その中には、ひとりの男が寝ている。 箱の中は外からはっきりと見える。 どこにでもありそうな、普通の部屋だ。 そこにひとりの男が、布団の上で寝ている。 ただ、この箱は…

ノロイのヨロイのウレイ。

タカマサは宝箱を見つけた。 ずっと探していた。 苦労して、やっと。 宝箱の中には、鎧が入っていた。 鎧の横に説明書が入っている。 ノロイのヨロイ。 この鎧の名前。 この鎧を身につけると、傷を負わなくなる。 この鎧を一度身につけると、脱ぎ捨てるには…

釣り日和は釣られ日和でもある。

どこからか糸が垂れてきた。 その先についた針にエサが引っかかっている。 エサの種類は様々。 目につくエサはその時々。 私の気分に合わせて。 私がその時求めているものに合わせて。 わかっている。 ほとんどのエサがトラップ。 何も考えず目の前のエサに…

やめられない止まらない。

① 「過ぎ去った出来事」を一口サイズに切ります。 それを水に流すことなく、頭の中にずっと置いておきます。 ② 水分を拭き取ることなく、新鮮な状態を保ちます。 その出来事を片栗粉にまぶして見えづらくすることなく、「ああしていれば…」という下味をつけ…

世の中知らなくていいこともあるらしい。

「あの人はしょっぱいのが好きだから」 知人がおにぎりを作りながら言う。 「塩かけすぎじゃない?」 という私の質問に対する答えだ。 「それにしても…」と私が続けようとする。 「からだに悪いのはわかってる。でも、おいしく食べてほしいじゃない?」 知人…