雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

二人きり、初対面、この先。

f:id:touou:20191212204217j:plain

 

そこで何やってるの?

 

向かいに立つ女性に声をかける。

普段ならこんなこと絶対にしないのに。

こんな時だからか。

不思議なものだ。

 

そっちこそ。

 

彼女は言う。

初対面なのに、お互いタメ口。

きっと、二人ともここにいる理由は同じ。

妙な連帯感がそうさせる。

 

きっと同じだよ。

 

僕は彼女を見つめる。

暗くてはっきりと顔は見えない。

こんなに明かりやネオンが町を照らしているのに。

ここだけ暗いことに納得できないことは、ない。

むしろ、すんなり受け入れられる。

なんだか笑えてきた。

 

何で笑ってるの?

 

彼女は言う。

はっきりと見ることはできないが、恐らく彼女は笑っていない。

それでも。

僕の気持ちはわかってくれている気がした。

 

知りたい?

 

うん。

 

こんな時でも?

 

こんな時だから。

 

彼女の言葉がすんなり入ってくる。

普段ならこんなことありえない。

こんな時だからか。

彼女だからか。

 

僕が伝えたいことが彼女に伝わって。

彼女が伝えたいことが僕に伝わる。

 

僕の頭の中が少し混乱してきた。

さっきまではあんなにクリアだったのに。

 

こんなこと、今までなかった。

嬉しい反面、どうして今なのか。

もう少し早ければ。

なんなら、ずっとないままで良かったのに。

 

教えるから、お茶でも飲む?

僕は笑う。

 

そうね。私もちょうどそう思っていたの。

彼女も笑っている。多分。

 

じゃあ、あとで。

 

あとで。

 

俺と彼女はそう言い残し、足を踏み出す。

 

俺はビルの屋上のはしっこから。

彼女は向かいのビルの屋上のはしっこから。

 

町がやたらと眩しく見える。

目を閉じても眩しいほどに。