爪を切る。 パチンパチンと響く音。 それほど伸びてはいなかったけれど、気になったら切らずにはいられない。 爪が短すぎるといろいろ不便だから本当は切りたくないんだけど、少しでも短くしたい。 理由はわかっている。 爪のあいだに、あなたの痕跡が残って…
あったかくなったと思っていたら、また寒くなる。 風が冷たいと思っていたら、時折心地良くて。 少しの油断もできないことはわかっていても、すぐに一喜一憂してしまう。 上がったり下がったり。どこを鍛えているのだろうか。同じことのくりかえし。 厚手の…
部屋の掃除は私の日課。 リビングもキッチンもお風呂もトイレも。 床も壁も棚の隙間も天井も便座もシャンプーのボトルの底も。 徹底的に毎日掃除する。 潔癖症なわけではない。 ただ、綺麗にしていたいだけ。 掃除のしすぎで、洗剤にはやたらと詳しくなった…
指先がひどく冷たくて、息を吹きかける。 なかなか温まらなくて、指先も頬もすっかりピンク色に染まった。 まつ毛の先にもなにやら冷たいものが引っかかっている。 ようやく現れた君が笑って手を合わせる。 つま先立ちで君は俺に寄りかかる。 そんなことされ…
なんだかいつもよりからだが熱い。 息苦しい。 体調は悪くないし。 いつもよりあったかいといってもまだ冬だし。 暖房の設定温度だって変わらないし。 どうしてこんなにからだが熱いのか。 この時期、マスクをするのが当たり前になっていて。 マスクは防寒着…
部屋を隅々まで掃除する。 四隅も棚の下も取っ手も天井さえも。 一心不乱に掃除する。 何度も雑巾をとりかえて。 クイックルワイパーは水拭きと乾拭き。 コロコロ転がして、剥いで、転がして。 洗剤はダースで買ったから心配いらない。 指紋ひとつ残らないよ…
夢に出てきた人は、目が覚めて現実に戻ったらやたらと気になる存在になる。そういうこと、誰にだって経験あるでしょ? あなたに言う。 まあ、ないことはないかな。 あなたはどうにも歯切れが悪い。 芸能人でもあるでしょ?夢に出てきた途端、急に気になって…
君と僕はなにもかもが違う。 性格も好みも考え方も。 そんなことは当たり前だと言う人がいるけれど。 なんだか少しだけ寂しいんだ。 それでも。 食べたい物が同じだったとき。 観たい映画が同じだったとき。 いつもは合わないのに、時々そういうことがある。…
今夜は暇なの。 そう言ったら、パズルを渡された。 1000ピースのパズル。 暇つぶしには最適。俺もよくやる。 あなたはそう言って箱を差し出した。 家に帰ってテーブルの上にパズルをばらまく。 1000ピースあるから、けっこうな量だ。 パズルなんて何時以来だ…
こっちはすごくいい天気なのに。 そっちは雪が降っているみたいね。 今年の冬はいつもよりあったかくて、こっちは雪の気配がしないよ。 そっちもいつもよりあったかいらしいけど、雪はたんまり降って積もっているのでしょう。 一度しか行ったことはないけれ…
月には想像上の木があるらしいよ。 僕は隣を歩く君に言う。 どんな形なのか。 どんな実がなるのか。 どんな花を咲かせるのか。 そんなことは知らない。 どこかでチラッと聞いたことがあるだけ。 その木は「桂」って言うらしいよ。 へえ、そうなんだ。 君の返…
サングラスをかけて出かける。 陽射しは強くないし、なんなら曇っているし。 それでも、眩しいから、なんて理由をつけて。 かっこつけているわけじゃない。 ただ、目を隠せば恥ずかしくないだけ。 だって目が合ったら恥ずかしいから。 知っている人とも知ら…
近所の古本屋に向かう。 ほぼほぼ日課のようなもので、店主ともすっかり顔なじみ。 いらっしゃい。 丸眼鏡をかけた痩身で白髪、初老の男性。 なんだか小説や映画に出てくるイメージ通りの店主。 こんにちは。 挨拶もそこそこに店内を回りはじめる。 本の匂い…
夢の中にいるようだ。 夢の中にはっきりといたことはないけれど。 きっとこんな感じなのだろう。 思ったとおりに動かない。 足は遅いし。 指先は絡まってばかりだし。 言いたいことが上手く言えない。 思い描いていたものとなにかが違う。 思い描いていた夢…
道を譲ってくれた車がハザードランプで「ありがとう」ってするのいいよね。 君は助手席に深く座って言う。 まあね。みんなするわけじゃないけど。 僕はハンドルを握ったまま言う。 私はちゃんとお礼する人の方が好きだな。 君は視線をチラリとこちらによこす…
タンスの奥から紺色のマフラーを引っ張り出した。 今日はこの冬一番の寒さになるらしい。 これ懐かしくない? 君にマフラーを見せる。 むかし、僕の誕生日に君が贈ってくれたマフラー。 ああ、そうだね。 君の返事はそっけない。 期待していたリアクションか…
寒いからダッシュしてみる。 暑かろうが寒かろうが眠たかろうが。 四六時中ダッシュしていたあの頃を思い出して。 そして気づく。 あの頃のようにはもう走れない、と。 脚の裏側のどこかが引きちぎれそうだ。 吐く息は白いままだけど。 吐き出す回数も量も増…
今年最後のゴミの日。 思い切るには今日がちょうどいい。 前日から敢行した断捨離。 いつもなら躊躇うものも。 今年最後だからと言い訳つけてまとめる。 いつもなら日付はただの区切りだなんて言っているくせに。 都合の良さに自分のことながら呆れる。 今年…
伸びた影。 あちこちで忙しなく動いている。 町の影の面積が増えたせいで、私の影は満ち欠ける。 そして時々。 私の影とあなたの影が重なる。 本当の私とあなたは、1ミリも重なっていないのに。 時間の経過と共に、影に覆われていく。 残り時間はあと僅か。 …
なにを聴いているの? イヤホンつけて、君はなにを聴いているの? 近くに寄っても聞こえない。 音漏れしていないから、なにも聞こえない。 君がなにを聴いて、なにを思うのか。 ぼくにはわからない。 知りたいと願う。 わかりたいと願う。 イヤホン片方貸し…
あなたは言葉遣いが悪い。 そんなことはわかっていたけど。 どうしようもなく我慢できないときもある。 それをあなたに伝える。 そんなこと前からわかっていただろ。 あなたはぶっきらぼうに言う。 言葉遣いがどうのこうのと言っている場合じゃない気がして…
飽きっぽい。 君の短所らしい。 君の彼女が言っていた。 どんなこともすぐに彼は飽きてしまうの。真っ当に続いた試しがない。 君の彼女は、そう言う。 彼は、という表現がなんだか憎らしかった。 そんなこと、言えるはずもないけれど。 彼女にとっては君の飽…
誠実な人が好きだから。 誠実な人が好きなのに。 妻子持ちを好きになった。 彼は誠実だから。 私のことを受け入れてくれた。 彼は私に誠実で。 きっと彼の家族にも誠実。 職場に着けば、まず彼のネクタイの色をチェックする。 会える日は、青。 会えない日は…
誰も知らないパワースポットへ向かう。 穴場のパワースポット。 有名なところは誰もが知っている。 有名なところはパワースポットも大変。 いろんな人にパワーを与えないといけないから。 神社やお寺を素通りする。 なんだか大きくて丸い石も素通りする。 そ…
温もりが伝わらない。 君が差し出してくれた手のひらも。 思いやりも。 君を抱きしめたからだも。 やさしさも。 私自身が絶縁体のように。 なにも温もりが伝わってこない。 冷えた空気に馴染むように同化する。 澄んだ空は手を伸ばしても届かない。 吐く息は…
心に残る歌詞なんて書けない。 本当に思ったことを伝えるには勇気が必要。 綺麗な言葉ばかりじゃないから。 言葉に表せないこともある。 心に響くメロディーなんて思い浮かばない。 キャッチ―なもの。 繊細さと大胆さを併せ持った複雑なコードなんて。 頭の…
音楽を聴きながら笑う君。 何を聴いているの? そう言ってイヤホンを片方借りた。 聞いたことのない曲。 笑っていられるような歌詞ではない。 なのに、君は笑っている。 私の知らない音楽はたくさんあって。 私が知らない感情もまだまだある。 知っているつ…
やさしいから。 女が言う。 俺、やさしいの? 男が首をかしげる。 うん。 俺、自分勝手にやってるだけだから。それに合わせてくれる君の方がやさしいと思うけど。 そんなことないよ。あなたはやさしい。私はそこが、好きなの。 ふうん。まあ、君がそう思うな…
朝晩冷えてきましたが、お体の調子はいかがですか? 雲は薄く、空は高く。 陽が沈むのは早くなり、陽が昇るのは遅くなりました。 夜が長くなったのです。 あなたに会えない夜が。 あなたに会える時間が減っていくのです。 私が夏を好きな理由はそれ。 私が冬…
君はいつも素敵な髪飾りをしている。 長くてきれいな髪に。 髪をほどいた君を見たことはないけれど。 想像してみる。 髪をほどいた君を。 髪飾りが光る。 君によく似合っている。 素敵なデザイン。 どこで買ったのか。 いくらくらいしたのか。 そんな下世話…