月、伝説の木、無知。
月には想像上の木があるらしいよ。
僕は隣を歩く君に言う。
どんな形なのか。
どんな実がなるのか。
どんな花を咲かせるのか。
そんなことは知らない。
どこかでチラッと聞いたことがあるだけ。
その木は「桂」って言うらしいよ。
へえ、そうなんだ。
君の返事が静かな夜空に響く。
どんな木なの?
そんな気はなかったのに、君は続けて言った。
まあ、そうなるよね。
けれど深い意味はなかったんだ。
ただ月が綺麗だったから。
ちょっとロマンティックなことを言ってみたかっただけなんだ。
君を口説くきっかけとして。
そんなこと言えるはずもないけれど。
月桂樹ってそこからきてるのかな?
君は僕に言う。
月桂樹?
ローリエのこと。
ローリエ?
君の吐き出す息が、さっきより濃くなった気がした。
月が綺麗だね。
単純にそう言えばよかった。
風が冷たい。
寒いね。
君に言う。
そうね。
君の返事はこの風のように冷たい。
薄っぺらい僕は寒さに敏感。
風が吹くたび。
薄っぺらい僕は風に飛ばされそうになる。