雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

肩身が狭くなりすぎて見えなくなる。

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「こちらをご覧下さい」

ガイドが手を差し出した先には、透明の大きな箱があった。

 

その中には、ひとりの男が寝ている。

 

箱の中は外からはっきりと見える。

どこにでもありそうな、普通の部屋だ。

そこにひとりの男が、布団の上で寝ている。

 

ただ、この箱は、多くの人によって取り囲まれている。

 

「お静かに願います」

ガイドは言い慣れすぎて無機質になった声で言う。

 

男は熟睡しているようだ。

いびきをかいて、何度も寝返りをうつ。

 

群がった人々は、ただそれを静かに見つめる。

 

中には「起きろ!」と声を荒げる者もいたが、すぐに係員によって強制的に連れ去られた。

 

「静かにして下さい」

「エサを与えないで下さい」

「ガラスに触れないで下さい」

「刺激を与えないで下さい」

と書かれた看板がいくつも立っている。

 

男はずっと寝ていてなにも起こらないのだが、誰も立ち去る者はいない。

ルールを破った者だけが、係員によって強制的に排除されるだけだ。

 

どのくらい時間が経ったのか。

ついに男が目を覚ました。

 

「おぉー」という歓声が上がる。

すぐに「しぃー」という声も。

 

男は目をこすりながら布団から起き上がる。

そしてすぐに枕元に置いてあったタバコに火を点けた。

 

「おぉー!」と一番の歓声が上がる。

 

このときばかりは、係員も動くことなくただ見つめる。

 

男はタバコを吸い終わると、すぐに新たなタバコを取り出して火を点ける。

 

「おぉー」

ふたたび歓声が上がる。

 

箱の中は白煙が充満してきた。

徐々に男の姿が見づらくなってくる。

 

「おぉー」という歓声は白煙に比例するように大きくなる。

男はさらにもう一本、タバコに火を点けた。

 

箱の中は白い煙でいっぱいになった。

 

「これが人類最後の喫煙者です。この煙は毒ですので、決して箱には近づかないで下さい」

ガイドは無機質な声のまま言う。

 

「尚、この喫煙ショーは特別な許可を国から得ています。タバコは違法となっておりますので、決して真似しないようお願い致します」

ガイドは最後のところだけ少し強調するように言う。

 

「以上をもちまして、人類最後の喫煙者観覧タイムを終了させて頂きます」

ガイドは作った笑顔で作ったお辞儀をして去る。

 

箱が動きはじめる。

トラックの荷台に載せられた箱が。

 

人々は拍手喝采

中には涙する者さえいた。

 

新たな看板が立てられる。

次に開催される場所と日時が書かれた看板だ。

 

そこにいた人々は誰もが満足そうに、それぞれの家路に着いた。

 

箱の中の男は、煙が充満する箱の中でさらにもう一本タバコに火を点ける。

時々吐き出しそうになりながら、それでもタバコを吸い続けた。