雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

人のからだの大半は水だと聞いているのに。

 

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潤いをください。

 

人差し指に息を吹きかける。

 

「う」の形ではなく「あ」の形で。

ふー、ではなく、はー、と。

 

乾かすのではなく、潤いを与えるように。

だって乾燥しすぎて反応しないから。

 

注文用のタッチパネル。

反応しないから。

生ビールを頼めない。

 

何度も試す。

 

ゆっくり押したり、素早く押したり。

爪でやったり、指を曲げて関節部分でやったり。

 

何度かに一度は反応するけれど。

それじゃあ、思い通りにならなくてイライラする。

 

近くを通った店員さんに直接頼んでも。

「すみません。そちらのタッチパネルでお願いします」だって。

 

まあ、そうでしょうね。

そういうルールだって、最初に聞いていたから。

 

見かねた君が代わりにやってくれる。

 

ありがとう。

なんだか恥ずかしい。

なんだか照れ臭い。

なんだか情けない。

 

指と指を擦り合わせると、なにかがこぼれる。

このまま皮膚が、指が、なくなっちゃいそう。

 

潤いをください。

 

生ビールを飲む。

君が頼んでくれた生ビールを。

 

からだに染み渡る。

うまい。

それでも、タッチパネルは反応しない。

どんなに生ビールを飲んでも。

 

よからぬことが頭を巡る。

 

君が潤してくれたらいいのに。

 

目の前にいる君を見る。

君は楽しそうに笑っている。

 

ちょっと飲みすぎたかな。

潤いが欲しくて、飲みすぎたかな。

 

思うくらいいいよね。

口には出さないようにする。

ふたりで飲むってことは、少しくらい期待してもいいでしょ?

 

こっちはカサカサで潤いが欲しいから。

 

ああ。

どれだけ飲んでも、からだは潤わない。