雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

いつだってどこかで探している。

すぐに落としてしまう。 すぐに失くしてしまう。 あちこち探すけれど。 そういうときに限って、なかなか見つからない。 とても大切なもの。 いつもは当たり前のように持っているのに。 失くしたときに、大切さに気づく。 落としたくて落としたわけではない。…

迷惑かけたりかけられたり。

なんだかやたらと混んでいる。 いつもこの時間は、こんなに混むことはないのに。 事故でもあったのかな? 助手席に座る君は、前に並んだテールランプの先を見るように首を伸ばす。 このままだと遅れそうだな。 私は時計に目をやる。 予約しているから大丈夫…

山のように積み重なった想い。

毎日手紙を書いているのに。 あなたからの返事は来ない。 今時、手紙なんて。 そう思うかもしれないけれど、手紙の方が私の気持ちがきちんと届く気がする。 きちんとあなたの家に届いているはずなのに。 どれだけ手紙を書いても。 あなたからの返事は来ない…

傘は町の挿し色。

あなたはいつも暗い色の傘をさすのね。 君が言う。 雨は嫌いじゃない。でも雨降りの町を歩くのは、あまり好きじゃない。 雨空に似た寂しそうな表情の君。 どうして?と君に問いかける。 だってほとんどの人がさしている傘は、暗くて沈んだ色でしょ?それが町…

光を求めると光っていなくても光ってみえる。

明かりが点く度に視線を奪われる。 期待していないふりを自分にしながら、いつでも視界に捉えている。 本当は期待していることに気づかないふりをして。 どうせ、と思い。 まさか、を望む。 明かりが点く度、何度も視線を奪われ何度もからだを揺らす。 音は…

時間と欲望と感情。

恋人とケンカして、ひとりでごはんを食べに。 もう別れてやる。 これまで何度も思ったこと。 これまで幾度も誓ったこと。 今回こそは、本気なんだ。 もうあいつとはやっていけない。 我慢することも、気を遣うことも。 あいつのためにすることが、すべてバカ…

ふたりとみんなとすべての時間。

あとどれくらい? 女性が運転中の男性に訊く。 うーん、あと30分くらいかな。 男性はカーナビを見る。 ちょっと急がないと。 女性はポーチの中身をカチャカチャと音を立てて新たな道具を取り出す。 もっと早く起きていたらこんなに慌てなくていいのに。 男性…

相談する前にやるべきことはたくさんある。

あの娘が欲しい。 あの娘じゃわからん。 相談しよう…。 いや、相談しようと思ったけど、やめておく。 君には相談しないことにする。 自分の力でなんとかする。 まだ自分のものにはなっていないけど。 君に相談すると、君のものになる可能性が高まるから。 君…

地元を愛する人。

これ、おいしいね。 これ、俺の地元の名産なんだよ。 へえ、そうなんだ。だったら、これ好きでしょ? まあね。でも、これはちょっと違うけど。 何が違うの? 地元のやつは、もっと美味いよ。 へえ。何が違うの? 何ていうか、素材っていうか。割ともっと…。 …

キセキノミズ。

若い男女が歩いている。 陽射しはすっかり夏。 ギラギラ輝いている。 若い男女はそんな中、手をつないで歩いている。 笑い合って歩いている。 ふたりがつないだ手のあいだには汗がじっとり。 それでもふたりは笑ったまま、手を離さない。 ふたりの手のあいだ…

日常の中の非日常。

ちょっと旅に行こう。 ちょっとした旅に。 せっかくの休みだし。 たまには行こうよ。 列車よりも車のほうがいいな。 適当に行くところ決めて。 方角だけ決めればいいんじゃない? 好きなところを曲がって。 好きなところで停まって。 気になるところに寄って…

言の葉の表と裏。

ひとりにして。 シンはコウにそう告げる。 シンは涙を流し、からだを小さく震わせている。 床に直接座り込み、頭を抱え込んだまま。 でも…。 コウはシンをほっとけない。 滅多に泣くことのないシンが泣いている。 コウにとっては大事件だ。 お願い、ひとりに…

余白がないと身動き取れなくなる。

充電しすぎると逆にダメなんだって。 アヤは言う。 充電しっぱなしだと逆に充電の減りが早くなるんだって。 トモヤはアヤの言葉に、へえ、とだけ言って、充電しながらスマホを触っている。 聞いてる? アヤは口を尖らせる。 うん。 トモヤはアヤの方を見ない…

まだ見ぬ知らぬ人事は数多。

ギターひとつだけ抱えてどこかへ行きたい。 素敵なメロディーが浮かんできて、それを口ずさむ。 見たことのない景色と人に囲まれ、知らない私が生まれてくる。 まだどこにも存在しない。 生まれたての私と歌を。 これから育んでいく。 大切に、大切に、育ん…

青い春でも夜は真っ暗。

コウヘイはからだを揺らし、心を揺らし、電車に乗った。 あの人のところへ行こう。 そう決めて。 電車の扉が閉まる直前に電車に乗った。 コウヘイは椅子に座って、背もたれに全体重を預ける。 からだが揺れる。 心が揺れる。 車窓は真っ暗。 いくつも流れる…

ほんの少しの願いを込めて。

私はウソをつかない。 そんなことをうそぶいてみる。 世の中、ウソをつかない人はいないのに。 あの人もこの人も、ウソをつく。 でも少しだけ違う。 あの人はウソがわかりづらい。 この人はウソがわかりやすい。 だから、この人は愛おしい。 あの人よりもこ…

かくれんぼは範囲を決めないと長期戦。

もういいかい? まあだだよ。 もういいかい? まあだだよ。 どこまで行ったの? そろそろ時間だよ。 お家へ帰ろうよ。 どれだけ探してもあなたは見つからない。 もういいかい? ……。 もう声すら聞こえてこない。 どこまで行ったの? 勝手に探すよ。 もういい…

次回予告の匙加減。

「次のも面白そうだよ」 ミツキはそう言いながら巻き戻しボタンを押す。 「……ん?」 私は半分閉じかけた目を開き、からだを起こす。 昨日レンタルしたDVDを観ながら、私は寝落ちしていた。 ミツキが言うには、はじまってすぐ寝ていたらしい。 ストーリーは終…

運命の出会いを求めて。

寝坊した。 思いっきり、寝坊した。 急いで支度をして家を出る。 腹は減っているから、食パンを口にくわえる。 一生懸命、走る。 このままだと上司に怒られる。 どちらかというと、説教は長いタイプ。 余計、遅れるわけにはいかない。 一生懸命、走る。 食パ…

ザッピングばかりの景色。

車窓から流れる景色を見る。 美味しそうなごはん屋さん。 あんなところにあんな店が。 若いカップルが手をつないで歩いている。 私の初恋のあの人は今どこにいるのだろう。 裸の街路樹が少しだけ支度をはじめた。 24時間密着していたらそのたび春を感じられ…

当たり前ではないことを改めて思う必要はある。

人が生まれる確率って見たこともない数字なのでしょう。 その途方もない確率から生まれた数多くの人で成っているのが、今の世界。 何十億という人々が、それぞれ途方もない確率で生まれてきた。 今だけでなく過去も含めれば。 人類が誕生したときまで遡れば…

傘の大きさと恐れは比例する。

久しぶりの雨降り。 こんなに降ったのはいつ以来だろうか。 乾燥した町並みが潤いを取り戻す。 ネオンも車のテールランプも街灯も滲んで見える。 君は滲んだ世界を歩いていた。 傘もささずに、歩いていた。 「どうしたの?こんなにびしょ濡れで」 私は君に駆…

理想の隣に不満が住んでいる。

何かを得たら、何かを失う。 よく言われることだけど、失くしたものには意外と気付かないもの。 得たものばかりに気を取られて、失くしたものを忘れてしまうから。 ちょっと遠出しよう、と珍しくあなたが言う。 付き合った最初のころはよく一緒に出掛けてい…