雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

青い春でも夜は真っ暗。

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コウヘイはからだを揺らし、心を揺らし、電車に乗った。

 

あの人のところへ行こう。

そう決めて。

 

電車の扉が閉まる直前に電車に乗った。

 

コウヘイは椅子に座って、背もたれに全体重を預ける。

 

からだが揺れる。

心が揺れる。

 

車窓は真っ暗。

いくつも流れる小さな明かりとコウヘイの顔が映っている。

 

不安な気持ちでいっぱいなのに、にやけている顔が映る。

コウヘイは自分でも、気持ち悪いな、と思った。

 

定期的に訪れる振動に身を委ねて、コウヘイの視線は宙ぶらりん。

真っ暗な車窓に流れる小さな明かり。

コウヘイは本当に浮いているように感じた。

 

行き先は決まっているし、わかっている。

あと何駅なのかも、あと何分なのかも。

 

わかっているのに。

わかっているからなのか。

 

コウヘイの鼓動はどんどん高鳴る。

あの人に近づいているのを肌で感じる。

不安が募るのに、にやける。

 

不思議な感覚。

今まで味わったことのない感情。

 

行き先はあの人のところ。

あの人に会ったら何て言おう。

 

電車にはコウヘイ以外にも、けっこう人がいる。

みんな座ることができる程だけど、コウヘイが思っていた以上に人がいる。

 

帰る場所へ行くのか。

行く場所へ行くのか。

 

コウヘイは目玉だけを動かし、まわりを見渡す。

 

同じ考えの人はどれくらいいるのか。

不安が募りながらも、にやついている人は。

似た境遇の人を見つけたら、少しは安心できるから。

 

あの人のところへ行ったら何て言おう。

 

君に会いたかったから、と。

君と一緒に居たかったから、と。

 

あの人に会って、そのとき思ったことを正直に言おうとコウヘイは決めている。

 

不安は募る。

あの人に連絡はしていないから。

 

許してくれるかな。

 

許してくれなくても、仕方がない。

 

だって、最終電車で来ちゃったから。

タクシーで帰るには、距離がありすぎる。

 

あの人は何て言うのだろう。

 

コウヘイの不安は尽きない。

からだも心も揺れる。

少しずつ、確実に、あの人へ近づいている。

 

コウヘイの不安は蓄積される。

鼓動は高鳴る一方。

それでも車窓に映るコウヘイの顔はにやけている。

 

やっぱり気持ち悪い。

コウヘイは車窓から目を逸らし、ポケットからスマホを取り出した。