時期外れの春は誰にでもある。
思春期っていつなんだろ?
チエが目を細めて言う。
さあ?人それぞれじゃない?
隣を歩くサトルも目を細める。
尖った陽射しがふたりを突き刺す。
あちこちからセミの鳴き声が聞こえるが、あちこちすぎてどこにいるのかわからない。
思春期だったらこの暑さも青春なんだろうね。
チエはペットボトルのお茶を口にする。
どうかな。青春でも暑いものは暑いでしょ。それにいつが思春期なのか青春なのか、本人たちにはわからないんじゃないの?終わってから気づく。俺はそうだったけど。
サトルは手で顔を煽ぐ。
サトルの思春期はいつ?
わからん。
青春は?
わからん。
つまんない男ね。
しょうもない話をするからだろ。
しょうもない話でもしてないと、暑くてしょうがないわよ。見てよ、この坂。
ふたりの前には急勾配の坂がそびえ立っている。駅に行くには、この坂を乗り越えないといけない。
その時、ふたりの横を風が通り過ぎた。
自転車だった。
男子学生がふたり、自転車を勢いよく漕いでいった。
勢いをつけて、この坂を上ろうとしているのだろう。
ひとりはたっぷりつけた助走の勢いを利用し、いけるところまで漕ぐ。
スピードが落ちてきたら、あとは根性。
立ち漕ぎで必死に上っていく。
ひとりはたっぷりつけた助走の勢いを利用し、いけるところまで漕ぐ。
スピードが落ちてきたら、自転車から降りる。
手でゆっくりと押していく。
あれが思春期だ。
サトルが自転車を降りた男子学生を指差す。
どういうこと?
チエは坂を上りながらサトルを見る。
立ち漕ぎが恥ずかしいんだ。必死な姿を見られるのが恥ずかしいんだ。
じゃあ、もうひとりは?多分、同級生でしょ?
あっちは、青春。まわりの目なんか関係なく、ただ己が決めたことを貫くんだ。損得勘定なしで。
なにそれ。
思春期でも青春でも、坂をどうにかして上らないといけないんだ。避けては通れない道。ふたりとも、きっとあとで気づく。思春期にも青春にも。今じゃなく、あとで。
サトルは軽やかに坂を上っていく。
今だろうがあとだろうが、どっちにしてもこの坂を上らないといけない、って訳ね。
チエは、ハアハア、言いながらサトルについていく。
思春期も青春も人それぞれ。俺たちの青春は今かもしれないぞ。
サトルは自転車を手で押す学生に追い抜かんばかりに、坂を上っていく。
ちょっと待ってよ。
チエはギリギリで立ち漕ぎを続けている学生のように、息を荒立てる。
早く!電車に乗り遅れるぞ。
陽射しも風もセミの声も。
すべてがからだを突き刺してくる。