雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

君の機微に触れていたい。

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このあいだ食べたのより美味しいね。

 

本当?

 

うん、何か変えたの?

 

ちょっとね。

君はうれしそうに笑った。

 

僕はドキドキしている。自分から言っておきながら、何が違うのか訊かれたら困るから。

違いがわかる男のふりして、食通ぶって。

細かいことは何も気づかず、何もわからないのに。

何を変えたのか、隠し味に何がはいっているのか、そんなことわかるはずもない。

 

細かいことに気がつかない。

どうやって味を変えたのかも、君の僕に対するやさしさも。

 

本当は違いのわかる男でありたくて、そう思われたくて。

それっぽいことを言ってみるけれど、何もわかっちゃいない。

 

君はきっとそんな僕に気づいているだろう。

細かいところに何も気づかない僕に。

君はそれに対して不満を言うわけでもなく、美味しい料理を作ってくれる。

たまにアレがアレなときはあるけれど、ほとんど美味しい。

 

細かいことに気づけなかったり違いがわからなかったりする僕には、大した問題ではない。

そこをどうのこうの言うのは、贅沢すぎる。

料理も、君も、僕にはすでに贅沢だから。

本当の願いはただひとつ。

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願わなければ叶わない。

 

素敵だけど寂しいね。

願わなければ叶わない。

そりゃそうだよ。

願っていないことが叶ったとしても、願いが叶ったと思うことはないんだから。

 

本当はいろんなことが叶っているのに、それに気づかないなんて寂しすぎるでしょ。

だから私はいろんなことを願うことにした。

どんなに小さなことでも大きすぎることでも。

そうでもしないと、叶った喜びと幸せを噛みしめられないから。

 

疲れるけどね。

あれもこれもと手を出したら、欲深く探しすぎて疲れちゃう。

それでもやめない。

 

本当に叶ってほしい願いは、ただひとつ。

 

私を褒めて。

心の底から嘘偽りなく。

 

どんなに小さなことでもいいから私を褒めてほしい。

それが本当の願い。

まぜると危険だとわかっていながら。

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部屋の掃除は私の日課

 

リビングもキッチンもお風呂もトイレも。

床も壁も棚の隙間も天井も便座もシャンプーのボトルの底も。

徹底的に毎日掃除する。

 

潔癖症なわけではない。

ただ、綺麗にしていたいだけ。

 

掃除のしすぎで、洗剤にはやたらと詳しくなった。

場所や汚れによって使い分けるほどに。

だから家にはたくさんの洗剤がある。

こだわればこだわるほど、掃除道具は増える一方。

 

それでも使い道があるだけまだマシ。

 

私の募る想いとは違う。

 

ここに来るはずのないあなたのために掃除する。

いつ来てもいいように。

そんなこと誰にも言えやしない。

もちろん、あなたにも。

あなたの行くところはもうすでに決まっているから。

 

目の前にある洗剤を手に取る。

 

まぜるな危険。

そんなことはわかっている。どれだけ掃除していると思っているの。

 

まぜるな危険。

わかっているけど、まざってしまう。

 

好きと嫉妬は、どうしてもまざってしまう。

まぜたら危険だとわかっていながら。

 

来るはずのないあなたを想いながら、洗剤のふたを開ける。

人をダメにするやわらかいところ。

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もう立ち上がれない。

こんなにやわらかくて居心地が良いところから。

 

やわらかすぎて立っているほうがしんどくなって、座り込んだり寝転んだりしたらもうおしまい。

一歩も動きたくなくなる。

動かなくちゃと思ったところで、からだが拒否する。

 

こんなにやわらかいものに囲まれていたら、なにも聞こえない。

まわりの音や声をほとんど吸収してしまうから。

たまに聞こえてくるのは、耳障りの良いものだけ。

それ以外は誰かがなにを言っても口パクにしか見えない。

言葉は入ってくるのに、染み込まない。

 

ここはこんなに居心地が良いから。

手の届くところに必要なものを配置すればとりあえずは大丈夫。

 

しばらくして、気が向いて、立ち上がってみれば。

足腰が弱っていてすぐに転んでしまう。

でもその場にいればやわらかいままだから痛くない。

 

やわらかいものばかり咀嚼しているから歯も顎も弱くなった。

やわらかいことばかり受け入れるから頭の中はプルプル。

脳ミソはきっとこんなにやわらかいのだろう、なんて。

 

そんなことばかり考えて、このままではダメだと立ち上がる。

グラグラするこの場に立ち続ければ体幹を鍛えられるとか、まだ言い訳ばかり。

これだけやわらかくて弾力があるのならジャンプしてここから離れられるのに、上にばかり飛んで、同じところに着地してばかり。

 

着地したら下がやわらかくて、転んだけれど痛くなくて。

そのまま、また寝転んで。

 

仕方がないったらありゃしない。

私のものは私のもの。

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私のものは私のもの。

 

ケチだと言われようが器が小さいと言われようが譲る気はない。

 

安売りしないって決めたから。

少しくらいいいじゃない、なんて通用しない。

ひと山いくらのものじゃない。

オーダーメイドと言っても過言じゃない。

 

そんな大したものじゃないでしょ。

そう言う人たちがいることくらいわかっている。

自分でも本当はわかっている。

 

でもそれを認めるようなことはしない。

言葉でも行動でも、認めないって決めている。

 

私のものは私のもの。

 

誰かに捧げることはない。

これまでも、これからも。

 

寂しくなんかない。

私のことは私が決める。

それでもひとりなんかじゃない。

 

誰を好きになるのか、誰を信用するのか。

すべて私が決めること。

ほかの誰かが決めることじゃない。

 

中途半端な人にこの身を委ねることはしない。

私のものは私のもの。

 

だから、そんなに気軽に声かけないで。

素敵な人がたくさんいることくらい知っているから。

 

私のものは私のもの。

そうでも思わなくちゃ、消えてなくなりそう。

先にあるもの見えるもの。

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指先がひどく冷たくて、息を吹きかける。

なかなか温まらなくて、指先も頬もすっかりピンク色に染まった。

 

まつ毛の先にもなにやら冷たいものが引っかかっている。

ようやく現れた君が笑って手を合わせる。

 

つま先立ちで君は俺に寄りかかる。

そんなことされたら、すべてを許してしまいそう。

 

鼻先にかかる君の息吹。

少しも乱れていないから、走ることはしなかったのだろう。

 

今日の先はどうなるのだろう。

君はずっと笑っているけど、本当に笑っているかわからない。

俺も合わせて笑っているけど、本当に笑っているかわからない。

 

視線の先に見えるものは。

君と俺とでは、きっと違うのでしょう。

疲れた一日の原因を探る。

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ふうっと大きなため息を吐いてソファに沈み込む。

 

あー疲れた。

独り言を大きめに言う。誰もいないのに。

 

どうしてこんなに疲れたのか。

いつもより忙しかったわけではない。

むしろいつもより暇だった。

残業をしたわけではない。

きちんと定時に帰宅した。

上司に叱られたわけではない。

褒められてもいないけど。

 

どうしてこんなに疲れたのだろうか、理由が見当たらない。

 

体調が悪いわけではない。

人間関係は今のところほとんど問題ない。

仕事は楽しかったり楽しくなかったりのくりかえし。

プライベートは充実しているという基準がよくわからない。

 

冷蔵庫を開けてビールを取り出す。

美味い。

ビールを美味いと思える時点で体調に問題はない。

 

なにが原因なのか。

今日という日を探っても、それらしいことはなにも出てこない。

なにもないのに疲れた。

やたらと疲れた。

 

探しても見つからないのなら、無理に探してもしょうがない。

ごはん食べてお風呂入って寝よう。

 

それすら面倒くさいけど、やるしかない。

生きることは面倒くさい。

 

これだ。

 

生きていくことは疲れる。

生きていれば疲れる。

 

理由をようやく見つけた。

疲れるけれど、また明日はやってくる。

いつか疲れていないときがやってくる。

それが明日なのか明後日なのかそれ以降なのかは知らない。

寝て起きれば、わかる。

 

なかなかソファから立ち上がれない。

 

ビールが美味い。

なにかしら頑張ったから美味いのだ。

なにかしら頑張ったから疲れたのだ。

 

そういうことにしておこう。

運命の人、理想、現実。

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家でソファに沈み込んで映画を観ながらお菓子を食べる。

 

画面の向こうも窓の向こうも賑やかなのに、この部屋はどこまでも静かで穏やか。

なにもない時間だけど、かけがえのない時間がただ流れている。

 

それでも人は欲張りだから。

こんな時間をひとりで過ごしたくない。

こんな時間ばかり過ごしているくせに、そんな願いが頭をよぎる。

こんな時間を誰かと一緒に過ごせたら。それが大切な人だったら。

 

ピンポン。

 

部屋のチャイムが鳴った。

 

誰だろ?

ドアを開けると宅配便だった。

 

お届け物です。こちらにサインをお願いします。

 

なにも買った記憶はないし、なにか届く予定もないはずなのに。大きな段ボールがひとつ、配達人のうしろに置かれている。伝票を見るとそこには、運命の人、と書かれてあった。

 

運命の人?

不思議に思いながら、伝票にサインをした。

 

さっきまで願っていたせいか、心当たりのない不審な物が届いたという恐怖よりも、運命の人という光り輝くワードに惹かれた。今の時代、運命の人は白馬に乗ってやってくるのではなく宅配便で送られてくるのだ。なんの考えもなく、ただ目の前に起こったことを受け入れた。

 

大きな段ボールにはどんな人が入っているのだろう。私の運命の人はどんな人なのだろう。天が選んだ人はどんな人なのだろう。

ドキドキワクワクが止まらない。

ガムテープを剥がそうとしたその時。

 

ピンポン。

 

再びチャイムが鳴る。

さっきの宅配の人だ。

 

申し訳ありません。お隣の方と間違えてしまって…。

謝罪もそこそこに大きな段ボールを抱えて出て行った。

 

運命の人。

私は呟く。

流れたままの映画はクライマックスを迎えているのに、ストーリーはもうわからなくなっている。

 

なにもない時間が流れはじめる。

かけがえのない時間だったはずなのに、今はもうただのなにもない時間。

 

ピンポン。

静かな部屋に響くチャイムの音。

私のところじゃない、隣の部屋のチャイムの音。

すぐに隣人の喜ぶ声が響いてきた。

 

映画はすでにエンドロールが流れている。

ゼロとイチの間には大きな隔たり。

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イチから出直し。

心を入れ替えて、行動も入れ替えて。

 

それでも、ゼロではない。

すべてを入れ替えたとしても、ゼロにはならない。

 

イチとゼロの違いは大きい。

きっとこの世で一番大きい。

 

リスタートをかましたとしても、ゼロにはならない。

またすべてをやり直そうとしても、イチからにしかならない。

 

これまでに犯した罪が消えることはない。

受けた罰も受けなかった罰も消えることはない。

すべてを背負ったまま、イチから再スタート。

 

イチからリスタート。

上手くいかないことがほとんどで、上手くいくことはほとんどゼロで。

すべてを経験したうえでリスタート。

 

良いことばかりが引き出しじゃない。

悪いことだって引き出し。

それを知っておけば、数ある選択肢からいくつかは削除できる。

上手くいかない方法を知っているのなら。

上手くいかない理由を知っているのなら。

それを選ばなければいいだけ。

 

また最初からやりはじめたって。

ゼロからじゃなくイチから。

 

上手くいかないことばかりだって、悪いことじゃない。

からっぽだと思っていた引き出しを開けたら、古びたシャーペンが1本転がった。

カランカラン。

引き出しの奥から転がってきた。

自分でも忘れていた。

 

懐かしい。

忘れていた、その存在。

 

あなたにそんな出来事はありますか?

あなたにそんな人はいますか?

 

引き出し全部開けてみないと、なにがあるかわからない。

 

人生イチからやり直し。

でも、ゼロからじゃない。

 

今までのすべては。

きっと悪いことばかりじゃない。

 

イチとゼロは全然違う。

小さなイチが、きっと宝物。

変えたいのに変わらない。

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ああ、めんどうくさい。

 

わかってもらえなくて結構なんて言いながら、わかってもらえないと不貞腐れる。

 

なんでもお見通しなつもりでいて、誰かを無理矢理そこに当てはめる。

 

やっちゃいけないと思いながら、なにかしらの理由をこじつけてはやってしまう。

 

原因は自分にあるのに、誰かのせいにする。

 

ああ、めんどうくさい。

 

素直じゃないふりして、人の言葉に敏感。

 

構ってほしいくせに、部屋の隅っこに座る。

 

認めてほしいくせに、知らないふり。

 

ああ、めんどうくさい。

 

自分で自分がめんどうくさい。

 

どうしてこうなってしまったのか。

 

考えるだけで、なにも変わらない。

 

変わろうと思っても、なにも変わらない。

 

ああ、めんどうくさい。

 

どうしてこんなに自分はめんどうくさいやつなのだろう。

 

それなのに。

どうして君は一緒にいてくれるのだろう。

 

そこには感謝しか見つからない。

 

それでもその感謝をきちんと君に伝えられない。

 

ああ。

どうしてこんなに自分はめんどうくさい奴なのだろう。