雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

自転車、全力、荒い呼吸。

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学生服を着た男の子が、上半身を左右に激しく揺らしながら自転車を漕いでいる。

上り坂ではないのに。

きっと、とても急いでいるのだろう。

 

自転車は颯爽と私を追い抜いていく。

私は彼の後ろ姿を見ながら、目を細めた。

 

私の前にはスーツ姿の男性ふたりが並んで歩いている。

 

あんな不格好に漕いで、恥ずかしくないのかね。

あのフォームじゃ、上手く力が伝わらないですよね。ただ、疲れるだけ。

ふたりは私とは違った種類の笑った顔で言っている。

 

もっとこう上半身を…。

膝と太ももをこうやって…。

ふたりの会話は、胸糞悪い。

 

そういうことじゃない!

思わず叫びそうになる。

見知らぬ、スーツ姿ふたり組に。

 

無駄とか不格好とか。

そういうことじゃない。

 

正しいフォームとか効率よくとか。

そういうことじゃない。

 

とにかく力を込めて全力で。

まわりのことなんて関係ない。

そこに意味がある。

 

今はわからなくたって、いつかわかる。

 

それが青春ってやつでしょ。

 

すっかり忘れてしまったものを取り戻すように。

 

ゆっくり前を歩くふたり組を、全力疾走で抜いていった。

 

徐々にスピードを落として、乱れた呼吸を整える。

自分の足じゃないみたいに、震えている。

 

少しは近づいたと思った、自転車に乗った彼。

あたりを見渡しても、どこにもいなかった。