理想の自分は反面教師に習う。
ああいう人にはなりたくないな。
車線変更をくりかえして進む車を見ながらあなたは言う。
ほら。信号のタイミングで結局これくらいしか違わないんだから。
ウインカーを駆使した車は、私たちの車の2台前で停まった。
まあね。でも信号のタイミングで凄く差がつくこともあるわけでしょ?
あの運転を良しとするわけではないけど、私はあなたに言った。
まあ、そうだけど。危ないし、ひとりで事故ればいいけど、他人を巻き込んだらその人がかわいそうだろ?
まあね。
俺は、どうなりたいか、よりも、どうなりたくないか、の方が強いんだと思う。
あなたはゆっくりとアクセルを踏む。
どうなりたくないか?
私はあなたを見る。
例えば。コンビニ行って嫌な客に思われたくない、とか。
嫌な客?
嫌な客っていうか迷惑な客っていうか面倒くさい客っていうか。忙しいときでうしろに行列ができているのに会計を手間取る人、たまにいるだろ?
うん。
そういうのって店員さんからすれば、あんまり良い気はしないと思うんだ。だからいかにスムーズに会計を済ますか。そこを重視する。
まあ、わからないでもないけど。
俺と店員さんの息を合わせるんだ。この店員さんは先にお金を受け取るタイプなのか、商品を袋に入れたあとで会計をするタイプなのか。タイプによって俺がお金を出すタイミングが決めるわけ。
ふうん。
いかに無駄な時間を作らないか。店員さんにとって記憶に残らない客。
それっていいことなの?
いいことっていうか。ああ面倒くさいな、とか、ああ早くしてくれないかな、とか。そういう人って記憶に残るでしょ?きっと。クレームや横柄な態度は論外だけど、何事もなくスムーズに終わったら、記憶には残りにくいと思うんだ。
ふうん。でも、それすでに面倒くさいよ。
えっ?これは説明しているから面倒くさく感じるだけ。説明するとなんだかどれも面倒くさくなるだろ?車線変更を何回もする車がいかに邪魔くさいか説明すると、その考えが面倒くさいって思うように。
うーん、微妙。まあ、印象に残らないのは誰にも迷惑かけていないっていう理論はなんとなく理解できる。
よかった。わかってくれて。
でも、面倒くさいよ。
俺、面倒くさい?
けっこう。
マジか。ちょっとショックだわ。
まあ、それでも。危ない運転をしたりクレームつけたり客だからって横柄な態度とる人よりかはいいけどね。それに印象に残らない人だったら、こうしてふたりで一緒にいないでしょ。
まあ、そうだけど。
あなたはどうなりたいの?
うーん。やっぱりどうなりたいかよりどうなりたくないかの方が強いな。
例えば?
君に嫌われたくない、とか。
上手ね。褒めてあげる。
ありがとう。
あなたはそう言ってブレーキをやさしく踏む。
車線変更をくりかえしていた車は、随分先へと行ってしまった。