臭いものをもう一度嗅ぎたくなるのとは次元が違う。
電車に乗ったら、そこそこ満員。
立ったまま吊り革につかまる。
電車に揺られていたら、どこからかいい匂いがした。
いい匂いだし、懐かしい匂い。
どこから漂っているのか、視線だけで探す。
首を振りすぎると怪しいから。
しばらくして気づく。
視線だけでも怪しい、と。
なんだコイツ、と思われないように。
目を閉じて、嗅覚を研ぎ澄ます。
音を立てずに鼻へ空気を送り込む。
どこから匂いが来ているのか。
しばらくして気づく。
十分、気持ち悪い。
痴漢に間違われないように。
両手で吊り革をつかむ。
隣には女性が立っている。
吊り革を指先だけでつかんでいる。
この人だ。
いろいろ遠回りしたけれど、こんな近くにいたのか。
車両の中は暑く感じるほどの暖房が。
風に乗って匂いがやってくる。
いい匂い。
懐かしい匂い。
母親の匂い。
小さいころ、すぐそこにあった匂い。
ニベアのハンドクリーム。
やっぱり、いい匂い。
今も昔も、きっとこれからも。
ずっと懐かしくて、いい匂い。