朝のイオンを通り抜けて。
電車で仕事へ向かう。
いつもは車だけど、今日は電車。
バッグに入れた文庫本を取り出して。
立ったまま電車に揺られる。
いつもと景色も時間の流れも違う。
いつも通る道を上から眺めるのも、悪くない。
電車にはたくさんの人がたくさんいて。
はじめて見る人ばかり。
きっと、はじめて。
文庫本の作者は、伊坂幸太郎。
連作短編集。
何度も読んだことがある本。
夢中になって駅を乗り過ごすことを恐れて、既読の本を選んだ。
それでも引きずり込まれる。
ワールドに。
すべてがあとで繋がっているとわかっているのに。
繋がり関係なしに、それぞれの章に引き込まれる。
キリのいいところで駅に着いた。
駅から会社までは徒歩10分。
イオンの向こう側。
まだ開店していないイオンの駐車場の中を斜めに歩いていく。
最短距離を歩いていく。
駐車場には数えるほどしか車がない。
静かな空間。
かと思えば、うしろから電車が走る音が響く。
もうすぐで開店時間。
入口付近には人影がまばらに見えた。
年齢層は高い。
イオンの買い物カートにバッグやらビニール袋やらをびっしり詰め込んだ老婆。
朝からノンアルコールビールを片手になにやら呟く老爺。
笑っている人もそうじゃない人も。
適度な距離を保って、開店を待っている。
歩いていくと、前方に車が停まった。
中から夫婦が出てきた。
齢50ほどだろうか、ふたりとも。
すでになにやら楽しそう。
仲良さげに会話している。
歳を重ねても仲が良いことはいいことだ。
なんだか、そんな気がした。
歩く私。
その前を横切る夫婦。
すぐに違和感を覚える。
妻は黒いスカートを履いていた。
白いドット柄の黒いスカート。
そして夫。
夫も黒いスカートを履いていた。
白いドット柄のスカート。
お揃いだ。
私は横目でじっくり見る。
見間違いではないのかと。
スカートではなく、ハーフパンツなのではないかと。
スカートだった。
間違いなく。
イオンはまだ開店しない。
今朝は冷え込む。
夫婦はなにも気にする素振りもなく、仲良さげに話している。
変なの。
そう思いながら、微笑ましくもあった。
イオンを通り抜け、職場につく。
仕事中も、時折、あの夫婦を思い出す。
帰り道。
駅に向かうため、イオンを横切る。
車はいっぱい。
駐車場を斜めに突っ切ることはできない。
たくさんの人と車で渋滞している。
人影のすきまから、あの夫婦を探す。
いない。
あの夫婦も、カートをパンパンにした老婆も、ノンアルコールの老爺も。
これだけ人がいるのに。
見たことない人ばかり。
駅に着く。
人が増える。
一応、探す。
いるはずもない。
電車に乗り込む。
バッグから文庫本を取り出す。
朝の続きを読む。
登場人物が繋がってくる。
本を閉じて、あたりを見渡す。
一応、探す。
いるはずもない。
誰も見たことがない。
朝、電車で同じ車両に乗った人は誰もいない。
たぶん、いない。
もちろん、あの夫婦も。
あーあ。
本を再び開いて、心の中で呟く。
繋がらないか。
まだわからない。
本の中では、ちょうと時間を超えて繋がった場面だった。
まだわからない。
どこでどう繋がるのか。
今だけでは判断できない。
ただ、思い出す。
あの夫婦を。
お揃いのスカートを履いた夫婦を。
なんだか恋人に会いたくなった。
今日は会う予定はないけれど。
本を閉じて、スマホを取り出した。