雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

いくつになっても高校生は高校生。

f:id:touou:20190819203433j:plain

 

しっかり捕ってよ。

落ち着いて…。

 

母が叫ぶ。

 

ほらーっ。

言わんこっちゃない。

 

母が天を仰ぐ。

 

縁もゆかりもない県同士の高校野球

母は冷房の効いた部屋で観ているだけなのに、汗をかいている。

 

うるさいな。

私はグラスに麦茶を入れる。

 

だって心配じゃない。せっかくここまで来たのに…。

母は頭を反り返して、うしろにいる私を見る。

 

心配しなくても、ここでやっている人全員、お母さんより上手だから。

 

でも、さっきエラーしたでしょ?

 

そりゃ、するときもあるよ。

 

まだ、この子たちは高校生よ。大人びて見えても、プロじゃないんだから。

 

プロじゃないけど、プロ予備軍だよ。ミスした理由はきっと自分が一番わかってるはず。

 

カキーン!

画面から金属音が響く。

 

しっかり…。落ち着いて。

母は手を合わせる。

 

さっきと同じような打球がショートの前へ。

ショートは心なしか、さっきより丁寧に捕り、ファーストへ投げた。

 

ああ、よかった。

母は天を仰ぐ。

 

ねえ、疲れないの?

私は麦茶を飲み干す。

 

疲れるわよ!

母はなぜか威張って言う。

 

まだ2回じゃない。こんなんで最後までもつの?

 

頑張るわよ!

母は冷蔵庫から麦茶を取り出す。

 

まあ、頑張って。あと3試合あるけど。

私は部屋から出て行く。

 

ああっー!

母の金切り声が聞こえる。

 

金属バットよりも甲高い音が。

外ではセミがまだ鳴いている。