雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

素晴らしき世界②

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はじめて会った人なのに。

 

どちらまで?

なんて丁寧に聞いてくれる。

 

あっ、同じところなんで大丈夫です。ありがとうございます。

私は答える。

 

あなたと私。

立場は同じなのに、あなたはドアを開けて待ってくれるだけじゃなく、行き先を聞いてくれるだけじゃなく、ドアを閉めてさえくれる。

 

ドアが閉まる。

 

数秒の間、ふたりきり。

小さな部屋に、ふたりきり。

 

はじめて会ったから、もちろん会話なんてない。

 

からだが宙に浮いたように、フワフワする。

独特の緊張感。

気まずいような、気まずくないような。

息を殺して、ただ目的地に到着するのを待つ。

 

チン。

 

鐘のような音と共に、フワフワした気持ちは終わりを告げる。

 

ドアが開く。

 

新たな景色が広がる。

私が待ち望んでいた景色。

 

その景色の横で。

あなたは開ボタンを押したまま、先にどうぞと私を促す。

 

ありがとうございます。

私はお礼を言い、向こう側へと足を踏み出す。

 

ドアが閉まりかけたのを手で押さえ、あなたは慌てるようにエレベーターから出る。

 

名は知らないし、顔もきっとすぐに忘れてしまうだろう。

 

それでも私は忘れない。

 

やさしさに包まれた時間と空間を、あなたが私にくれたから。