雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

雨上がりは獣の匂い。

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雨が降ると憂鬱になる。

雨は悪くないのに。

悪いのは自分。

そんなことはわかっている。

 

しばらく降り続いた雨がようやく止んだ。

それでも雨は止んだが、灰色の雲に覆われたままでいつまた降り出してもおかしくない。

 

雨の匂いは残ったまま。

カズキの憂鬱も晴れないでいた。

 

どうした?

道の真ん中で立ち止まって空を見上げているカズキにシンジが声をかける。

 

あ、ああ。シンジか。

カズキは湿った顔をシンジに向ける。

 

何やってるんだよ、こんなところで。

 

いや、別に。

 

また課長に怒られたのか?

 

ああ、まあな。

 

カズキとシンジは会社の同僚。

同期入社だが、いつだってシンジは優秀で、カズキはそうではなかった。

いつも褒められるシンジとは対照的に、カズキはいつも誰かに怒られている。

 

しかし、カズキはそれを不公平だとは思っていない。

 

シンジはしっかりやっている。それに比べて自分は…。

カズキはいつだって自分を責めている。

 

なんかさあ。雨上がりって獣の匂いがしないか?

濡れた街路樹の下でカズキは言う。

 

なんだそれ。

シンジはカズキの隣に立つ。

 

なっ?するだろ?

カズキは鼻をクンクンさせる。

 

……本当だ。ほんの少しだけど。

シンジも鼻をクンクンさせる。

 

雨で元気になったのかな?街路樹も生きているから。

カズキは羨ましそうに言う。

 

もう今日終わりだろ?

シンジはカズキに言う。

 

終わりのような、終わってないような…。

カズキは濁す。

 

それはもう終わりってことだ。飲みに行こう。

 

今から?

 

ああ、いいだろ?

 

おごり?

 

うーん、考えとくわ。

 

肉食いたいな。

 

贅沢言うな。水でも飲んどけ。

 

シンジは笑う。

カズキは空を見上げる。

灰色だった空のはしっこに、少しだけ青空が見える。

 

雨の匂いは、ほんの少し、薄くなっていた。