雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

いい子といい人。

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いい子だね。

父は子を見て言う。

 

言うこと聞きなさい。

早くごはん食べなさい。

早く寝なさい。

約束守りなさい。

 

父の言うことを聞いた子に、父はいつも言う。

 

いい子だね。

 

子は布団へ向かう。

父から、早く寝なさい、と言われたから。

 

布団に入ってしばらくは眠れなかったが、気づけば寝息を立てている。

 

いい子いい子ってあんまり言わないでくれる?

母は子が寝たのを確認すると、父に言った。

 

どうして?

父は不思議そうな顔で母を見る。

 

いい子って、言いすぎるとなんだか、都合のいい子、って気がしてくるの。

母は眠った子を見る。

 

こっちの言うことを聞くのはいいことなんだけど。こっちが言うことって、基本的にこっちの都合に合わせてもらうわけでしょ?それで、いい子、って言っちゃうと、都合のいい子、って気がしない?

母は父を見る。

 

気にしすぎだよ。それにこっちの都合ばかり優先しているわけじゃない。ちゃんとこの子のためを考えて、この子の将来を考えて、教育のために……。

父は母に強く言う。

 

ちょっと、声が大きいわよ。起きちゃう。

母は口の前で人差し指を立てる。

 

ごめん、ごめん。

父は手で口を押さえる。

 

あなたの言いたいことはわかる。でも、いい子、って言いすぎるのは控えてほしい。それだけはわかってほしいの。

 

……ああ、わかったよ。

 

ありがとう。

母はそう言うと、父から離れて子の方へと向かう。

 

あなたはいい人ね。

 

母は父に聞こえないように小さな声で言い、眠った子をやさしく見つめた。