距離感と思いやりは比例する。
朝の通勤ラッシュ。
バス停には長い行列ができている。
並んでいる人たちは、スマホを見たり、新聞を読んだり、音楽を聴いたり、本を読んだり。
誰もが誰とも話していない。
これだけ人がいるのに、それぞれがそれぞれの時間を成している。
公共の場所だけど、バスがやって来るまでの時間を思い思いに過ごしている。
まるで、それぞれがひとりでいるように。
まるで、他に誰も存在していないかのように。
でも、そんなことは、きっとない。
ほら、見てごらん。
みんな、等間隔に並んでいる。
印なんてないのに。
近すぎず、離れすぎず。
近すぎると嫌な気持ちになるし。
離れすぎると無駄に行列が長くなる。
つかず離れず。
絶妙な距離を、誰もが保っている。
それぞれが思い思いに過ごしていながら。
ひとりでいるかのように振る舞いながら。
そこでは一言も会話が成立していない。
誰も喋っていないから。
知り合いはいないのだろう。
お互い見たことは何度もあるかもしれないけど。
挨拶くらいはするのかもしれないけど。
それぞれが思い思いに過ごしながら。
誰もが誰もに気を配っている。
自分のために。
そして、誰かのために。
ルールなんてどこにも書いていない。
ルールじゃなくて文化。
ルールじゃなくて思いやり。
良いも悪いも超えて、思いを配る。
もう少しでバスがやってくる。
誰も言葉を発していない。
静かな朝の時間。
バスが来ると同時に、若いカップルがやってきた。
ギリギリセーフ!
ふたりは楽しそうに笑いながら息を切らしている。
静かな朝の時間には程遠い。
でも、楽しそう。
いいね。
行列に並んでいた人たちは、黙ったままバスに乗り込む。
いいね。
ふたりはまだ楽しそう。
朝からテンションが高い。
ずっとふたりで話をしている。
いいね。
割り込みすることなく、最後尾に並んで話している。
前の人と適度な距離を保って。
ふたりだけの空間を成している。
いいね。
朝からくたびれている人には、眩しくて直視できない。