雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

球春到来。

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テレビの画面には高校野球が流れている。

 

もうすぐプロ野球もはじまる。

球春到来!

 

ソファに埋もれたままテーブルに置いてあるティッシュを手に取る。

そしてティッシュを丸めて、ごみ箱めがけて投げる。

 

ほんの1、2メートル。

こんなの簡単だ。

 

テレビの向こうの高校生たちは、あんなに簡単そうにやっているから。

 

ほっ。

小さなかけ声と一緒に投げる。

 

丸まったティッシュは、ごみ箱にかすることもなく外れた。

 

同時にテレビから歓声が上がる。

舌打ちのあとに小さなため息を吐き出す。

 

たった1、2歩なのに、拾いに行くのが面倒臭い。

 

テレビの画面には汗と青春が流れている。

 

あの人も野球が好きだったな。

ふと、思い出す。

 

今映っているあの高校生が、あの人にほんの少し雰囲気が似ているからだろうか。

 

高校時代は野球部だって言っていたし。

プロ野球もよく観ていたし。

 

一緒に野球場に行ったこともある。

真夏の暑い日。

芝生がとても綺麗で、音がすごくて、とても眩しかった。

 

ルールは全然知らないからどこで喜べばいいのかわからず、あの人が喜んでいたら私も手を叩いた。

 

そして、ビールがやたらと美味しかった。

 

何杯も飲んだ。

 

高いんだぞ。

あの人はそう言いながら、きっと贔屓のチームが勝っていてご機嫌だったから、何杯も買ってくれた。

 

最終的にどっちが勝ったのかはわからない。

あの人は笑っていたから、きっと勝ったんだ。

 

そんなことはどうでもよくて、ただひたすらに、ビールが美味しかった。

 

 

 

会いたくなった。

あの人に急に会いたくなった。

 

会えるわけもないのに。

もうどのくらい連絡を取っていないか。

 

でも、連絡先は知っている。

あの人の連絡先が変わっていなければ。

 

連絡してみようか。

 

私はティッシュを丸める。

 

これが入ったら連絡してみよう。

高校野球を観ていたら連絡してみたくなった、と正直に。

 

丸めたティッシュを手に馴染ませる。

さっきとごみ箱までの距離は変わっていないのに、遠く感じる。

 

大きく息を吐き出す。

 

せーの。

 

丸まったティッシュはごみ箱の淵に当たって、床に転がった。

 

テレビからは大歓声。

ああ、うるさい。

 

私はもうひとつ、ティッシュのボールを作る。

まだツーアウト。

 

大きく息を吐き出す。

 

ティッシュのボールはごみ箱へ一直線。

 

いける。

そう思った次の瞬間。

 

ティッシュのボールはごみ箱を超えていった。

 

テレビの向こうは大騒ぎ。

ああ、面倒臭い。

 

私は立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

 

ついでに丸まったティッシュを3つ、ごみ箱の中へ叩きつける。

 

ソファに座り、缶ビールのプルタブを上げる。

 

テレビからまた歓声が上がった。