雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

瞬きするたび過去が増える。

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ずっとあった焼き肉屋が潰れた。

 

文字通り跡形もなく潰され、更地になっていた。

 

大きな建物だったのに、なくなるのは一瞬だ。

大きな建物だったから、なくなったら見晴らしがやたらと良い。

 

何度か行った焼き肉屋。

あの人と行った焼き肉屋。

あれとこれがおいしかった焼き肉屋。

 

なくなったと知ったときから、急にいろいろと思い出してしまう。

何度も何度も焼き肉屋の前を通っていたのに。

こんなにいろいろ思い出したことは、ない。

 

潰れた焼き肉屋の跡地。

ごちゃごちゃしている町の一角で、ここだけやたらと見晴らしが良い。

 

更地になってから新たな土台が組み上がっていく。

何が新たにできるのか、ワクワクしながら見守る。

なくなった焼き肉屋のことは頭の片隅に置きっぱなしのまま。

 

日に日に形ができあがる。

あんなに大きな建物は一瞬で消え去り、すぐに新たな建物が生まれてくる。

なくなった焼き肉屋のことは頭の片隅で佇んだまま。

 

数日後、とうとう新たな建物の正体が明らかになった。

看板が設置されたのだ。

 

回転寿司、だった。

いろんなところで見かける、チェーン店の。

 

こんなところにできるなんて。

いつ開店するのだろう。

焼き肉屋のことは、すっかり頭の裏側まで回っている。

 

なくなると知っていろんなことに思いを巡らし、新たなものに思いを馳せる。

 

私は過去に捉われない。

 

設置された看板を見ていたら、やたらと寿司が食べたくなってきた。

焼き肉のことなどすっかり忘れ、頭の中で寿司が回る。

通り過ぎたあとも、頭の中で回転寿司が回っている。

 

私は過去に捉われる。

 

焼き肉屋のことを思っていた私が寿司を食べたくなって寿司を食べている私を想像する。

 

過去と未来と今がぐるぐる回って、いろんなものに捉われて、きっといろんなものを忘れていく。

 

忘れないうちに開店したらあの回転寿司へと食べに行こう。