雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

世の中良い人はそこそこいる。

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信号が青に変わる。

赤信号で止まっていた車が一斉に動き出す。

そして歩行者も。

 

左折しようとするがすぐそこに横断歩道があるので、歩行者がいなくなるまで待つ。

ウインカーの音が、カチカチカチ、と車の中に響く。

 

歩行者は途切れることなく横断歩道を渡っていく。

時々、自転車。

 

帰宅ラッシュ時だからか、歩行者の数は多い。

所々に歩行者の切れ目ができるが、無理に車を突っ込むほどではない。

焦っているわけでもないし。

そこは安全運転で。

 

もう少しで歩行者が途切れると思った、その時。

 

一番最後を歩いていた人が小走りになった。

 

一旦うしろを振り返っていたから、その人も自分が最後だと気づいたのだろう。

そして、私がずっと待っていたことも。

 

その人は小走りで渡り、しかもこちらに向かって軽く頭を下げた。

 

なんて良い人なのだろう。

なんてやさしい人なのだろう。

 

歩行者用の信号は、まだ青。

点滅すらしていない。

 

確かにその人が渡ったら私は車を進めようとした。

私のうしろには何台も車が止まっているし。

 

それでもその人は走る必要などない。

ゆっくり渡っても構わない。

その人にとっては当たり前の権利だから。

 

それなのにその人は小走りで渡った。

しかも軽く頭を下げて。

それは、すみません、ということなのか。

謝る必要などこれっぽっちもない。

あなたの真っ当は権利だから。

 

私も軽く頭を下げて返す。

その人は私のことなどもう見てはいなかった。

横断歩道を渡りきるとまたゆっくりと歩いていた。

 

歩行者用の信号は青く点滅しはじめる。

私はアクセルを踏み、車を進める。

 

バックミラーにもサイドミラーにも、もうその人はいない。

 

世の中良い人はいるもんだ。

 

そういう人を見るたび、私はどうなのかと自問自答する。

 

横断歩道を小走りで渡る人が良い人というわけではない。

その気遣いが良い人だという証なんだ。

 

店員にあたりがやさしい人。

挨拶がしっかりとできる人。

横断歩道を小走りする人。

 

見ているだけで惚れてしまいそう。

 

世の中良い人はいるもんだ。

 

世の中良い人は、そこそこいる。

良い人にはなれないかもしれないけど、その人たちを見逃さない人になりたいと願う。