先入観は決して悪ではないが信用しすぎると痛い目にあう。
みんながカレーの話をするから。
もう完全に口がカレーモードに入ってしまった。
ココイチ美味いよね、なんて話をするから。
みんなそれぞれ好みがあるから。
ちなみに私はソーセージカレーにトッピングで納豆。
ココイチ好きなら、納豆トッピングに否定的な意見は少ない。
でもそうじゃない人もいる。
カレーに納豆?絶対に合わない、って。
その人の好みだからまあいいけど。
みんなに納豆トッピングしてほしいわけじゃないけど。
でもその人は、絶対、を無駄遣いしたなとは思う。
カレーと納豆。
確かに最初は私も否定的だった。
それを人は、先入観、と呼ぶ。
合うわけがない。
味が想像できない。
一度試してみればいい。
カレー嫌いか納豆嫌いな人以外は、試してみればいい。
先入観って怖いよ。
そんなことを思いながら家へと帰る。
我が家も今夜はカレーだといいな。
私の口は、もうカレーモードだから。
家に着くと夕食の準備がなされている。
いつもありがたい。
そう思いながらもキッチンへ寄ることはほとんどない。
しかし今日はわずかな可能性に賭けて寄ってみる。
トントントン、と包丁の音色が。
じゃがいも、にんじん、たまねぎ……。
まさか。
しかしこの切り方。
コンロに置かれた鍋の大きさ。
カレーだと確信した。
奇跡は起きるものだ。
そのままテンション高めで風呂場へと向かう。
先入観を持つな、と職場で上司に言われることがある。
私にはそれがどうしても不可解なのだ。
先入観を持たないなんて無理。
人は何かしら必ず先入観を持っている。
例えばこの風呂。
浴槽には水が張ってある。
これが冷水かお湯か。
風呂場に水が張ってあったら、大体はお湯だと思う。
しかも風呂場の中にある鏡が曇ってる。
これはお湯。
これは先入観。
お湯だと思ってからだにかける。
でも冷水の可能性だってもちろんある。
お湯だと思ってかけたら冷水だった。
考えただけで心臓が止まりそうになる。
これが冷水だと思ってからだにかけても同じ。
冷水だと思ってかけたらお湯だった。
考えただけで火傷しそうになる。
なにも考えずに浴槽に溜まった液体をからだにかける人は、きっといない。
だから一度浴槽の中に手を入れて温度を確認する。
これは先入観があるからとる行動なんだ。
人は何かしら大なり小なり先入観を持って生きている。
どんなことも。
だから先入観を持たないなんて、無理なんだ。
先入観は決して悪ではない。
そんなことより早くカレーが食べたい。
早めに帰宅したのは魂胆があったから。
もし夕食の準備をしていなかったら、カレーを食べに行こうと思ったから。
ココイチのソーセージカレー納豆トッピングを。
しかし、夕食の準備は行われていた。
しかし、まさかのカレーだった。
頭をからだを入念に洗い、いつもより長めに風呂に浸かる。
楽しみを伸ばせば伸ばすほど、訪れた瞬間の喜びが増す。
そろそろだと風呂から上がり、バスタオルで拭く。
カレーの匂いが広がっているはずだ。
しかし、カレーの匂いはしない。
まだルーを入れてないのかな。
もう少し時間がかかるのかな。
頭の中と口の中はすでにカレーモード。
でも先にビールを飲もう。
そう思い、冷蔵庫へ立ち寄る。
ん?
鍋はもう火にかかっている。
でもカレーの匂いはしない。
ゆっくりと鍋の中を覗き込んでみる。
……。
……。
……。
……シチューだ。
しかも、クリームシチュー。
匂いはおろか、色も違う。
シチューか…。
うん、嫌いじゃないよ。シチューも。
嫌いじゃないけど、私はカレーモードに覚醒中なんだ。
ビールを一気に飲み干す。
嫌いじゃないよ、シチューも。
やっぱり怖いね。
先入観って。