知らない言葉のほうが多い。
男と女がそれぞれ犬の散歩をしている。
北から男が、南から女が歩いてくる。
ふたりが交わるとき、お互いの犬が吠えた。
ワンワン、キャンキャン。
こらっ。
ふたりが同時に言う。
2匹の犬は尻尾を振って、吠えながら、距離を近づける。
2匹の犬が絡み合おうとしたそのとき、男と女がそれぞれのリードを引っ張って犬を引き離す。
こらっ、と怒鳴りながら。
犬は、ワンワンキャンキャン、と吠えながらお互いを見る。
尻尾を振り回しながら。
すみません。
女が言う。
こちらこそ。
男が返す。
いつもはこんなことないんですよ。
うちもですよ。
ケンカして悪い子ね。
女が言う。
嬉しいんじゃないですか?
男が言う。
どっちですかね。
どっちですかね。
女と男は笑い合って、言った。
男と女が部屋の中にいる。
窓の外から猫の鳴き声がした。
細く尖った声が、長く続く。
ふたりとも、はじめは気にならなかった。
声が細すぎて気づかなかった。
女が言う。
猫がケンカしてない?
男は耳をすます。
虫の音と一緒に猫の音が聞こえた。
本当だ。でもこれケンカかな?いちゃついているだけかもしれない。
ケンカじゃない?なんか怒ってるっぽいし。
ふたりの会話はそこで終わる。
沈黙が流れる。
猫の音が静かな夜に響いた。
ちゃんと言ってよ。
沈黙を破り、女が男に言う。
言ってるだろ。
男は返す。
わからないよ。
世の中わからないこともたくさんあるんだ。
なにそれ?
わかったつもりが一番怖い、っていうこと。理解しようとして理解したつもりが、一番。
男がそう言うと再び、ふたりのあいだに沈黙が流れた。