雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

知らない言葉のほうが多い。

f:id:touou:20191024211730j:plain

 

男と女がそれぞれ犬の散歩をしている。

 

北から男が、南から女が歩いてくる。

ふたりが交わるとき、お互いの犬が吠えた。

 

ワンワン、キャンキャン。

 

こらっ。

ふたりが同時に言う。

 

2匹の犬は尻尾を振って、吠えながら、距離を近づける。

2匹の犬が絡み合おうとしたそのとき、男と女がそれぞれのリードを引っ張って犬を引き離す。

こらっ、と怒鳴りながら。

 

犬は、ワンワンキャンキャン、と吠えながらお互いを見る。

尻尾を振り回しながら。

 

すみません。

女が言う。

 

こちらこそ。

男が返す。

 

いつもはこんなことないんですよ。

うちもですよ。

 

ケンカして悪い子ね。

女が言う。

 

嬉しいんじゃないですか?

男が言う。

 

どっちですかね。

どっちですかね。

女と男は笑い合って、言った。

 

 

 

男と女が部屋の中にいる。

窓の外から猫の鳴き声がした。

細く尖った声が、長く続く。

 

ふたりとも、はじめは気にならなかった。

声が細すぎて気づかなかった。

 

女が言う。

猫がケンカしてない?

 

男は耳をすます。

虫の音と一緒に猫の音が聞こえた。

本当だ。でもこれケンカかな?いちゃついているだけかもしれない。

 

ケンカじゃない?なんか怒ってるっぽいし。

 

ふたりの会話はそこで終わる。

沈黙が流れる。

猫の音が静かな夜に響いた。

 

ちゃんと言ってよ。

沈黙を破り、女が男に言う。

 

言ってるだろ。

男は返す。

 

わからないよ。

 

世の中わからないこともたくさんあるんだ。

 

なにそれ?

 

わかったつもりが一番怖い、っていうこと。理解しようとして理解したつもりが、一番。

 

男がそう言うと再び、ふたりのあいだに沈黙が流れた。