ヘクトパスカル、って早口で言えると気持ちいい。
毎週、台風来るね。
娘がテレビを観ながら言う。
今回のはデカそうだな。
父が娘の隣に座る。
910ヘクトパスカルだって。
昔は、ヘクトパスカル、っていう単位じゃなかったのにな。
そうなの?
ああ。たしか、ミリバール、だった気がする。
なにが違うの?
知らん。
父は天気予報が流れるテレビに目をやる。
ほら、日本列島にこんなに雲がかかっている。
父は天気図を指差す。
本当だ。雲ですっぽり覆われてるね。
あの雲がおばあちゃん家まで続いてるって思うと、すごいよな?
父は窓の外に目を向ける。
このあたりは暴風圏に入ったらしく、街路樹は右へ左へ忙しそう。
すごい!どれだけ大きな雲なんだろう?で、ヘクトパスカルってなに?
知らん。なんかの単位だろ。
大きい方がいいの?
たしか、数字が小さくなるにつれて台風が強くなるんだ。
へえ?じゃあ910ヘクトパスカルって強いの?
強いだろ、きっと。お天気お姉さんも、気をつけて、って言ってるから。
ふうん。じゃあ、1ヘクトパスカルが一番危険なのかな?
そんなの聞いたことない。
ふうん。で、なんでヘクトパスカルからなんとかってやつに変わったの?
ミリバールな。知らん。きっと時代の流れなんだろ。台風の風に乗ってミリバールが去ってヘクトパスカルがやってきたんだ。
うまいこと言ったっていう顔やめて。全然うまくないから。
……それより早く部屋片づけないと。そろそろお母さんが帰ってくる時間だぞ。
ヤバい。超大型台風がやってくる。
きっと、1ヘクトパスカルだ。
カチャ。
玄関の鍵が開く音がした。
はやく、はやく。
父と娘は急いで部屋を片付ける。
玄関が開くと強い風と音が入ってきて、部屋の中が震えた。
おかえり。
父は玄関へ迎えに行く。
その背後で娘が部屋を片付ける。
風よけのように父は両手を広げて出迎えた。