何に迷ったのかはわからない。
「迷子のお知らせを致します」
ピンポンパンポン、というチャイムのあとに女性の声でアナウンスが聞こえてきた。
スピーカーから流れる放送には誰も興味を示さない。
ここにはこんなにたくさんの人がいるのに。
数え切れないほどの人で混雑しているのに。
その中で、カナコだけは放送に耳を傾けた。
多くの人が行き交う中、カナコは立ち止まって放送を聞く。
立ち止まったカナコに対して、何人もが舌打ちをし、明らかに邪魔だと視線を送り、暴言を吐く者もいた。
それでもカナコは集中するために、立ち止まって放送を聞く。
「黒いTシャツにジーパンを履いた、サトウタカシ様…」
カナコは邪魔になっているとわかっていながら、もう一度繰り返されるアナウンスに集中するため目を閉じて聞く。
「黒いTシャツにジーパンを履いた、サトウタカシ様…」
間違いない!
カナコは迷子センターへと向かった。
いろんな人にぶつかるたび、すみません、と声をかけながら、ダッシュで向かった。
どこ行ってたのよ…。
カナコは涙ぐみながら、ひとり呟く。
サトウタカシ。
珍しい名前ではない。
黒いTシャツにジーパン。
珍しい恰好ではない。
それでもカナコは確信していた。
きっと、タカシ、だと。
ずっと探していたのに、見つけられなかった。
どれだけ呼んでも返事がなかった。
タカシにようやく会える。
カナコは一秒でも早く会いたいと、必死に走った。
迷子センターに着くころには、カナコの息は絶え絶え。
それでもカナコはあたりを見渡す。
タカシはどこ?
ハアハア、と息を吐きながら、カナコはようやく見つけた。
タカシだ。
間違いない。
カナコは走ってタカシの元へと行く。
「もう、どこに行ってたの?」
カナコはタカシを抱きしめる。
「ごめん…」
タカシは小さく言う。
「心配したんだから!」
カナコはさらに強く抱きしめる。
「ちょっと自分探しに行ったら迷子になっちゃって…」
タカシは頬を人差し指で掻く。
迎えが来たことをまだ知らない係員は、さらにアナウンスを続ける。
「黒いTシャツにジーパンを履いた、サトウタカシ様、25歳を迷子センターにてお預かりしております。心当たりのある方は、至急、迷子センターまでお願い致します」
カナコは抱きしめるのをやめて、タカシの顔を見る。
「どこまで行ってたの?」
「まあ、いろいろ…」
「何か見つかったの?」
「よくわからないんだ」
「でしょうね。前と何も変わってないもの」
タカシは頭を掻いて笑い、カナコはもう一度タカシを抱きしめた。