重ね重ね重ねていく。
消し去りたい過去に限って消えない。
鮮やかな配色で彩られ、どこの部分も細かく丁寧に描かれている。
消しゴムでは消せない。
えんぴつで描かれているわけじゃないから。
消し去りたい過去は、絵の具で描かれている。
すっかり乾いて固まって、削り取ることもできない。
こんなにすっかり固まっているなんて。
そりゃ、消し去ることなんてできないわけだ。
そりゃ、忘れることなんてできないわけだ。
何年も前に描かれたものも。
ついさっき描かれたものも。
どっちもすぐに乾いて固まる。
だから、消し去ることも削ることも忘れることもできない。
どうせ何もできないのなら、せめて薄まってほしいと願う。
せめて見づらくなってほしいと願う。
それでも、鮮やかな配色はすぐに目に留まる。
無駄に丁寧に仕上げられた細部はすぐに浮き上がってくる。
こだわった構図が頭から離れない。
消し去りたいのに。
忘れたいのに。
だから私は新たな筆を手に取る。
パレットにいろんな色を絞り出す。
今ここにはない新たな色を探す。
いろんな色を混ぜて、作り出す。
それを筆につけて新たな絵を描く。
消えないのなら、削れないのなら、忘れられないのなら。
上から新たな絵を描く。
あのころより、私の色使いもタッチも構図も変わっているはず。
あのころ知らなかった色を私は知っているはず。
重ねて塗ったら立体感が出て、なんだか良い感じ。
見たことのない色ができて、見たことのない絵が出来上がった。
消し去りたかった絵は、新たな絵となった。
新たな解釈ができるほどに。
これなら少しは観ていられる。