雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

鍵の数だけ守りたいものがある。

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貴一は鍵をたくさん持っている。

そして、肌身離さず持っている。

 

鍵の束をベルトループにつけて、ジャラジャラジャラジャラ。

 

貴一が歩けば、ジャラジャラジャラジャラ、音がする。

すれ違う人々は誰もが音のする方に視線をやり、誰もが貴一のうしろ姿を見送る。

 

こんなに鍵を持っていて、どれがどこの鍵かわかるの?

誰かが貴一に尋ねた。

 

正直言ってわからない。

だから時間がかかってしょうがないんだ。

貴一は笑いながら言った。

 

鍵に何か目印でもつければいいのに。

誰かが貴一に言った。

 

印をつけても、数がありすぎて何の印か覚えられないんだ。

貴一は悲しそうな声で言った。

 

鍵に何の鍵か書いてシールを貼ればいいんじゃない?

誰かが貴一に言った。

 

それじゃあ鍵の意味がなくなるでしょ。

貴一は怒った顔で言った。

 

どうしてそんなに鍵を持ってるの?

誰かが貴一に尋ねた。

 

鍵を閉めないと不安でしょうがないんだ。

世の中いろいろ物騒だから。

だから大切なものほど鍵の数が増える。

一つや二つじゃ物足りない。

五つも六つ、つけないと安心できない。

生きづらい世の中だよ、まったく。

貴一はどこか嬉しそうに言う。

 

わかったよ。

わかったから、早くここの鍵を開けてくれないか?

 

ちょっと待って。

もう少し待って。

ここの鍵がどの鍵か、一本一本カギを挿して確かめないといけないから。

 

貴一はジャラジャラジャラジャラ音をたてて、鍵を挿していく。

 

なかなか開かない。

鍵がぶつかる音だけが響く。

 

待ちくたびれた誰かが貴一に言った。

 

生きづらい世の中だよ、まったく。