隠れ家的な、という大人の香り。
久しぶりに会ったヒロキとケンゴ。
居酒屋のテーブルで向き合う。
「本当に久しぶりだな」
「もう、何年になる?」
「楽しかったな、あの頃は」
「そうだな」
何年ぶりかに会うのに、ふたりの距離感はあの頃のまま。
いつもふたりで一緒にいた、あの頃の話で盛り上がる。
「こうやってふたりで仕事終わりに酒飲むなんてな」
「お互い、歳取ったな」
「確かに。お前なんて、結婚もしたし」
ヒロキはケンゴの左手の薬指で光る指輪に目をやる。
「結婚はいいぞ。お前も早くしろよ」
「俺はまだいいよ。結婚している自分が想像できない」
ふたりで昔話に花を咲かせ、今話をつまみに酒を飲む。
笑顔が絶えることはない。
「あー、飲んだな」
「もう一軒行くか。明日は休みだろ?」
「ああ」
居酒屋を出ても町はまだ騒がしい。
「俺、いいところ知ってるんだ。とっておきのところ」
ケンゴは赤く染まった頬を緩める。
「かっこいいな、お前。大人の男って感じ」
ヒロキは顔じゅうが赤い。
「なんだ、それ」
「とっておき、って。隠れ家的なところってこと?」
「ああ。俺しか知らない、お前のために用意したところ」
ケンゴは胸を張る。
ふたりはネオンから遠ざかるように、暗闇へと歩いて行く。
「ここ」
ケンゴは一軒の家を指差す。
「ここ?普通の家じゃん」
ヒロキはあたりを見渡す。
このあたりは住宅街。ひとつのネオンもなく、町はすっかり眠っている。
「言っただろ、隠れ家的なところだって」
「それにしても…」
「まあ、心配するな」
ケンゴはポケットに手を突っ込む。
「そんなところ知ってるなんて、すごいな。大人だな」
ヒロキは小さく笑う。
ガチャガチャ。
ケンゴはポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
「ただいま。さあ、上がれよ」
ドアを開けたケンゴは、ヒロキを手招きする。
「ここの飯は、世界で一番美味いんだ」
ケンゴは笑う。
奥から、いらっしゃい、と女性の声がする。
「お久しぶりです。結婚式に来てくれた時以来ですね」
ヒロキは、お久しぶりです、と頭を下げる。
横ではケンゴが笑っている。
大人になったな、とヒロキはケンゴを見て笑った。