雑文記【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

誰にだって秘密はある。

f:id:touou:20190427211354j:plain

誰にだって秘密がある。

 

 

 

マイはエコバッグを片手に商店街へと向かう。

人通りが多く、活気のある商店街。

あちこちからいい匂いが漂ってくる。

 

「奥さん、奥さん」

魚屋の店主が大きな声でマイを呼ぶ。

 

「こんにちは」

マイはお辞儀をしながら近づく。

 

「今日もいいの、入ってるよ」

魚屋店主は笑顔を振りまく。

 

「でも、ウチ、昨日もお魚だったし…。ウチの人、お肉が好きだから」

マイは腕を組み、そのまま左手の薬指にはめた指輪をいじる。

 

マイが考え事をするときのクセだ。

 

「うーん、ごめんなさい。今日はやめときます」

マイは顔の前で両手を合わせる。

 

「またよろしくね」

魚屋店主は笑ったまま声を張り上げた。

 

マイはさらに歩いていく。

 

「奥さん、奥さん」

肉屋の店主が大きな声でマイを呼ぶ。

 

「こんにちは」

マイはお辞儀をしながら近づく。

 

「今日は?」

肉屋店主が訊く。

 

「うーん、おすすめは?」

マイは肉が並んだショーケースに顔を近づける。

 

「これとこれ」

肉屋店主は指差す。

 

「うーん……」

マイは指輪をいじる。

 

「…じゃあ、これください」

マイは肉屋店主が指差した、ひとつめを指差す。

 

「あいよ。2人前ね?」

 

「うん」

 

「もう少ししたら3人前になるのかな?」

肉を袋に詰めながら、肉屋店主はにやけた顔で言う。

 

「えーっ?まだよ、ウチは…」

マイは笑う。

 

「あんた!そんな事聞くもんじゃないよ!人それぞれなんだから。ごめんなさいね、奥さん」

店の奥から肉屋店主の奥さんが言う。

 

「ううん、全然。ウチの人今忙しくて…。まあ、いつかコウノトリが、って感じ」

マイは袋を受け取りながら、笑う。

 

お辞儀をして肉屋を離れ、マイは一通り商店街の中を歩く。

 

いろんなところから、「奥さん、奥さん」と呼ばれ、その度対応していく。

商店街を抜けるころには、マイのエコバッグはパンパンに膨らんでいた。

 

マイは商店街を抜けても、しばらく歩いた。

あたりを見渡しながら歩き続け、止まって手を上げた。

 

マイの目の前にタクシーが停まる。

マイは再びあたりを見渡し、タクシーに乗り込んだ。

 

家に着くと、マイは鍵を取り出しドアを開ける。

 

「ただいまー」

真っ暗な部屋に誰もいないとわかっていながらマイは言う。

 

テーブルの上にエコバッグを置きながら、大きなため息を吐く。

 

マイは椅子に深く座る。

電気を点けることなく、真っ暗なまま。

 

マイは背もたれに体重をかける。

 

薬指から指輪を外し、テーブルに投げるように置く。

からん、という乾いた音をかき消すように、もう一度大きなため息を吐き出す。

 

狭いワンルームの部屋の隅々にため息が広がった。

 

 

 

誰にだって秘密はある。