誰にだって秘密はある。
誰にだって秘密がある。
マイはエコバッグを片手に商店街へと向かう。
人通りが多く、活気のある商店街。
あちこちからいい匂いが漂ってくる。
「奥さん、奥さん」
魚屋の店主が大きな声でマイを呼ぶ。
「こんにちは」
マイはお辞儀をしながら近づく。
「今日もいいの、入ってるよ」
魚屋店主は笑顔を振りまく。
「でも、ウチ、昨日もお魚だったし…。ウチの人、お肉が好きだから」
マイは腕を組み、そのまま左手の薬指にはめた指輪をいじる。
マイが考え事をするときのクセだ。
「うーん、ごめんなさい。今日はやめときます」
マイは顔の前で両手を合わせる。
「またよろしくね」
魚屋店主は笑ったまま声を張り上げた。
マイはさらに歩いていく。
「奥さん、奥さん」
肉屋の店主が大きな声でマイを呼ぶ。
「こんにちは」
マイはお辞儀をしながら近づく。
「今日は?」
肉屋店主が訊く。
「うーん、おすすめは?」
マイは肉が並んだショーケースに顔を近づける。
「これとこれ」
肉屋店主は指差す。
「うーん……」
マイは指輪をいじる。
「…じゃあ、これください」
マイは肉屋店主が指差した、ひとつめを指差す。
「あいよ。2人前ね?」
「うん」
「もう少ししたら3人前になるのかな?」
肉を袋に詰めながら、肉屋店主はにやけた顔で言う。
「えーっ?まだよ、ウチは…」
マイは笑う。
「あんた!そんな事聞くもんじゃないよ!人それぞれなんだから。ごめんなさいね、奥さん」
店の奥から肉屋店主の奥さんが言う。
「ううん、全然。ウチの人今忙しくて…。まあ、いつかコウノトリが、って感じ」
マイは袋を受け取りながら、笑う。
お辞儀をして肉屋を離れ、マイは一通り商店街の中を歩く。
いろんなところから、「奥さん、奥さん」と呼ばれ、その度対応していく。
商店街を抜けるころには、マイのエコバッグはパンパンに膨らんでいた。
マイは商店街を抜けても、しばらく歩いた。
あたりを見渡しながら歩き続け、止まって手を上げた。
マイの目の前にタクシーが停まる。
マイは再びあたりを見渡し、タクシーに乗り込んだ。
家に着くと、マイは鍵を取り出しドアを開ける。
「ただいまー」
真っ暗な部屋に誰もいないとわかっていながらマイは言う。
テーブルの上にエコバッグを置きながら、大きなため息を吐く。
マイは椅子に深く座る。
電気を点けることなく、真っ暗なまま。
マイは背もたれに体重をかける。
薬指から指輪を外し、テーブルに投げるように置く。
からん、という乾いた音をかき消すように、もう一度大きなため息を吐き出す。
狭いワンルームの部屋の隅々にため息が広がった。
誰にだって秘密はある。