マスクは防寒着。
風邪ひいたの?
知人が私に言う。
いや、予防のため。風邪ひいたの?
私はこもった声で知人に言う。
うん、風邪ひいたの。
マスクから漏れる知人の声はとても小さく、辛そうだ。
大変だね、お大事に。
私はマスク越しにそう言うと、知人と別れた。
マスクをつけている人はきっとやさしいんだ。
自分にも他人にも。
風邪をひく前は、自分に。
風邪をひいた後は、他人に。
外に出ればマスクをつけている人がそこらじゅうにいる。
私もマスクをつけている。
冷たい風が吹き抜けて、からだじゅうに力を入れて息をするたび、マスクってあったかいなと思う。
あったかいからなのか、いつもより胸を張って歩いている。
顔の半分が隠れているからなのか、いつもより強気でいられる。
普段なら行き交う人々をそんなに見ることはしないのに、マスクをつけていると人々の顔をしっかり見てしまう。
笑うことが素敵なことだと誰もが知っているのに。
できるだけ笑っていたいと誰もが思っているのに。
行き交う人々は、誰も笑ってなんかいない。
マスクで顔半分隠れていても、目を見れば笑っているのか笑っていないのかくらいはわかる。
冷たい風がからだをすり抜ける。
見れば見るほど、誰もが仮面をつけているようだ。
一瞬だけ目が合っても、合っていないような。
マスクはやさしさの象徴なはずなのに。
マスクは人をあったかくしてくれるはずなのに。
冷たい風と視線が突き刺さり、私はマスクの中で大きく息を吐く。
あったかい。
マスクをつけている人はもちろん、マスクをつけていない人も仮面をかぶっている。
外に出れば、そんな人ばかり溢れている。
マスクをつけるか、仮面をかぶるか。
本当の姿を見せないように。
誰もが何かに恐れ、何かから逃れるように、素顔の上に一枚かませる。
笑うことは大切なことだと知りながら。
そんなに笑ってばかりいられないと。
だってこんなに寒いんだよと。
私はマスクを外した。
顔が冷たい。
顔が固まる。
マスクをつけ直して、マスクに隠れて思い切り笑ってみる。
ほどけるように、溶けるように、顔の筋肉が広がり縮む。
声は出さないように、歯をむき出しにする。
どうせマスクで隠れているから。
きっとみんな隠れて笑ってるんだ。
誰にも気づかれないように。
マスクをつけている人はやさしいから。
自分にも、他人にも。
自分のために、誰かのために。
行き交う人々はマスクをつける。
行き交う人々は仮面をかぶる。
本当の自分を隠すように。
何かを隠すように、何かから隠れるように。
マスクをつけている人はやさしいから。
きっと何かを守っているんだ。